【10月の短歌(和歌)集 20選】秋を感じる!!知っておきたいおすすめ有名作品を紹介!

 

10月と言えば、夏が終わり、いよいよ季節は秋本番といった雰囲気になってきます。

 

季節の変わり目は、自然や景色、またご自身の心持ちにも繊細な変化があり、短歌を詠むにはぴったりの季節だと言えるでしょう。

 

今回は、飛鳥時代の和歌から現代の短歌にいたるまで、20首の10月の有名短歌(和歌)をご紹介します。

 

短歌職人
ぜひあなたのお気に入りの短歌の探してみてください!

 

10月の有名短歌(和歌)集【昔の短歌(和歌) 10選】

 

ここからは、短歌がおこった飛鳥時代から江戸時代まで有名短歌&和歌作品をご紹介していきます。

 

【NO.1】天智天皇

『 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ 』

現代語訳:秋の田にある仮小屋に泊まり、刈り取った稲の番をしていると、小屋を囲む苫(とま)が隙間だらけで、夜露に着物の袖がぬれてしまっている。

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静かな夜に感じた晩秋の辛さがみられます。当時の権力者がこのような短歌を作っているため、農作業をすることの大変さとありがたさが表現されています。

 

【NO.2】猿丸大夫

『 秋は来ぬ 紅葉は宿に降りしきぬ 道ふみわけて とふ人はなし 』

現代語訳:秋は来て、紅葉は私の家に降りしきった。けれども道を踏み分けて来る人はいない。

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秋の寂しさと自らの置かれた状況の悲しさが混ざり、ものかなしい雰囲気を伝えている短歌です。紅葉が降りしきった家は非常にきれいでしょうが、それを見る人も共感する人もいない孤独が感じられます。

 

【NO.3】順徳院

『 秋の日の 山の端とほく なるままに 麓の松の かげぞすくなき 』

現代語訳:秋の太陽が山の端から遠くなるにつれ、ふもとの松の影が少なくなっている。

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日が陰っていく寂しさと、人のいない寂しさが秋の夕暮れによって表現されています。秋が深くなり、日が短くなっている様子を影の数が少ないことで伝えています。

 

【NO.4】西行

『 きりぎりす 夜寒に秋のなるままに 弱るか声の 遠ざかりゆく 』

現代語訳:きりぎりすは秋の夜寒が深まっていくごとに弱るかのように、鳴き声が遠ざかっていく。

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秋の深まりを音で表現した趣深い短歌です。秋が進めば虫たちはいなくなっていきます。鳴き声に注目したところが他とは違う面白みがあります。

 

【NO.5】源実朝

『 ながめやる 心もたえぬ わたのはら 八重のしほぢの 秋の夕暮 』

現代語訳:秋の夕暮れに大海原の潮の流れを見ているうちに眺めやる心も途切れてしまった。

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秋の夕暮れという孤独感がある状況に、自分の不遇な人生を重ね合わせています。冬がすぐ側に来ている状況が悲壮感を強調しています。

 

【NO.6】藤原家隆

『 さえわたる ひかりを霜に まがへてや 月にうつろふ 白菊の花 』

現代語訳:冴えわたる光を霜と間違えたのか。月によって色が変わってゆく白菊の花の色のように。

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秋の風景の美しさを自然を沢山取り入れて表現しています。霜や菊などの秋の言葉を光や月といった美しい現象で飾っています。作者は言い尽くせないほどの景色を見ていたのでしょう。

 

【NO.7】伊勢大輔

『 目もかれず 見つつ暮らさむ 白菊の 花よりのちの 花しなければ 』

現代語訳:目を離さないで見続けながら暮らしていこう。冬が迫り、白菊より後に見る花はないのだから。

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秋の自然の美しさを表現すると同時に、今ある状況を大切にしようという思いが隠れています。秋が過ぎ去ると白菊は枯れ、見ることはできません。一瞬たりとも逃さないでいようという作者の感情が表現されています。

 

【NO.8】素性法師

『 もみぢ葉の ながれてとまる みなとには 紅深き 浪やたつらん 』

現代語訳:もみじの葉が川を流れて止まる河口では、今頃深い紅の波が立っているだろう。

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紅葉の名所についての短歌ですが、見ることのできない流れ行く先について思いを巡らせています。名所の紅葉が埋めつくす場所では真っ赤になっているのだろう…という作者の想像力のおかげで、読み手が実際の名所の紅葉が見たくなるような内容です。

 

【NO.9】後水尾天皇

『 鳴く虫の こゑも哀れや つくすらむ 暮れ行く秋の けふをかぎりに 』

現代語訳:鳴いている虫の鳴き声も哀れだ。暮れていく秋の今日限りで鳴き声も命も尽きていくのだろう。

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10月という秋の終わりを虫たちの命が消えていくことに重ねて描いています。今聞こえている鳴き声は明日にはないと思わせるほどの少なさと小ささなのでしょう。想像すると、秋が終わる瞬間を目の当たりにしているような気持ちになります。

 

【NO.10】香川景樹

『 山の端の とよはた雲に うちなびき 夕日のうへを わたる雁がね 』

現代語訳:山の端の雲はとよはた雲になってたなびき、夕日の上を渡ってゆく雁だ。

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とよはた雲とは美しくたなびく雲のことです。雁は秋に日本へ来る渡り鳥です。美しい編成で飛び連なり、たなびく雲と夕日という絶景ともいえる状況を見て、作者は感動を伝えようとしています。

 

10月の有名短歌集【現代/近代短歌 10選】

 

続いては、明治時代から現代までに詠まれた10月の短歌をご紹介します。

 

【NO.1】佐佐木信綱

『 ゆく秋の 大和の国の 薬師寺の 塔の上なる 一ひらの雲 』

現代語訳:秋が終わろうとしている頃、大和国(奈良県)にある薬師寺の宝塔の上にはひとひらの雲が浮かんでいる。

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奈良県の美しい秋の様子と古来からの雰囲気を味わい深く歌っています。雲のある景色を使って、美しい秋が過ぎ去ってしまう悲しみを伝えています。

 

【NO.2】古泉千樫

『 秋の雨 ひねもす降れり 張りたての 障子あかるく 室の親しも 』

現代語訳:秋の雨は一日中降っている。張ったばかりの障子は明るくて、この部屋によく合っている。

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秋の長雨をうっとおしいものと捉えるのではなく、障子で楽しむ機会に変えている作者の機転のよさが感じられます。良くないと思いがちなことも視点を変えれば楽しめることを感じさせてくれる短歌です。

 

【NO.3】石川啄木

『 秋の空 廓寥(かくりょう)として 影もなし あまりにさびし 烏など飛べ 』

現代語訳:秋の空は物寂しくて影すらない。あまりに寂しいから鳥でいいから飛んでくれ。

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秋の空は澄んで高く見えますが、雲一つない日も多くあります。その空を影もない寂しい空だと作者は言っています。秋の寂しさを助長させるように感じたのかもしれません。現代で言うツッコミの「鳥など飛べ」も面白い部分です。

 

【NO.4】斎藤茂吉

『 いちじゆくの 實を二つばかり もぎ来り 明治の代の ごとく食みたり 』

現代語訳:イチジクの実を二つばかりもいで来て、明治のころのように食べた。

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秋の代表的な果実であるイチジクを昔と変わりなく豪快に食べている様子が目に浮かびます。いつまで経っても変わらないことがある様に思わせてくれる短歌です。

 

【NO.5】北原白秋

『 いと酢き 赤き柘榴を 引きちぎり 日の光る海に 投げつけにけり 』

現代語訳:とても酸っぱい赤いザクロを引きちぎって、太陽で光っている海に投げつけた。

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作者の行動が面白いですが、絵として想像するととても美しい情景であることが分かります。真っ赤で新鮮なザクロをキラキラした海に放り投げています。ザクロも海も光って行く先は分かりにくい状況です。秋の果実を使って、斬新で美しい映像を描いています。

 

【NO.6】樋口一葉

『 うつろひし 菊の香寒き 暁に おくれて来たる 雁がねぞする 』

現代語訳:】段々と移り変わっていく菊の香りは寒い夜明けに遅れてやってきた雁の声のようだ。

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咲きたてとは異なる花の香を秋の代名詞である雁の鳴き声にかけて表現しています。10月頃は菊が開花する時期であり、その中でも遅れて咲いてきた菊の良い香りを楽しんでいる作者の様子が感じられます。

 

【NO.7】正岡子規

『 柿の実の 渋きもありぬ 柿の実の 甘きもありぬ 渋きぞうまき 』

現代語訳:柿の実は渋いものも甘いものもあるが、渋いものもおいしい。

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渋柿は非常に食べにくいものです。しかし作者は余命短い人でした。周囲の人は慌てて贈った柿が渋柿と分かった作者は「その気持ちがおいしい」と感じています。味より心遣いに視点が当たるほっこりとした短歌です。

 

【NO.8】会津八一

『 水煙の あまつおとめが ころもでの ひまにもすめる 秋のそらかな 』

現代語訳:透かし彫りの装飾である水煙の天女の袖の隙間も澄んでいる秋の空だ。

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奈良県にある薬師寺にある装飾から見えた空が作者が感動するほど澄んでいたことが分かる短歌です。国宝の装飾は米粒のような彫りもあり、そこからもわかる程の澄み具合だったということです。着目した部分はミクロの視点ですが、全体の壮大さに読み手は驚かされます。

 

【NO.9】穂村弘

『 錆びてゆく 廃車の山の ミラーたち いっせいに空 映せ十月 』

現代語訳:山のように積まれた廃車についているミラーは錆びていくが、10月の空を一斉に映せ。

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錆びるたくさんのミラーと秋の美しい空が対比されて、美しい絵のように感じられる短歌です。錆びの赤と空の青が互いに強調しあうようです。錆びて行く先のないミラーへ作者が喝をいれるかのように映せと言っている表現も面白いですね。

 

【NO.10】花山多佳子

『 ひとふさの 葡萄をはみて 子のまなこ 午睡ののちの ひかりともり来 』

現代語訳:昼寝をしていた子どもがぼんやりしながら葡萄を食べていると、段々と目がキラキラとしてきた。

短歌職人
昼寝のあとの子どもの様子を繊細に歌っています。寝ぼけているような様子だった子どももおやつの葡萄を食べて元気になっています。かわいらしい短歌です。

 

以上、10月の有名短歌20選でした!

 

10月は秋の終わりを感じさせる時期でありながら、まだ残る秋を探すこともできる季節だということを、短歌を通して感じることができたかと思います。

 

10月にしか見られない風景を探して短歌を作ってみると面白い作品ができるかもしれません。

 

短歌職人
今回ご紹介した短歌を参考に、ぜひ秋の短歌を詠んでみてくださいね!