短歌は、日常の中で感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。
みそひともじと呼ばれる短い文字数の中で心を表現するこの「短い詩」は、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今もなお活躍する俵万智の歌「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」をご紹介します。
なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き pic.twitter.com/y4iev6bcJi
— 今日も晴れ (@nn0040kr1) January 16, 2014
本記事では、「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」の詳細を解説!
なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
(読み方:なんでもないかいわなんでもないえがおなんでもないからふるさとがすき)
作者と出典
この歌の作者は「俵 万智(たわら まち)」です。
短歌界ではもちろん文学にあまり詳しくない人まで、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言っても過言ではないくらい有名な歌人です。日常の出来事を分かりやすい言葉選びで表現した短歌は、親しみやすく、それでいて切り口が斬新で、今も多くの人の心を掴んでいます。
また、出典は『サラダ記念日』です。
1987年(昭和62年)5月に出版された第1歌集で、表題にもなった歌「サラダ記念日」は俵万智の代名詞にもなっています。出版されるやいなや280万部のベストセラーとなり、収められている短歌から合唱曲がつくられたり、いくつもの翻案・パロディ作品が出たりするなど社会現象となりました。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれているため、読み手がそのまま意味を捉えられるものです。
あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「故郷に帰ると、何ということのない会話があり、笑顔がある。取り立てていうことは何もない。だからこそ故郷が好きだ。」
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「なんでもない会話」
「なんでもない」という言葉には、<取り立てていうほどのことはない/目立つものがない/たいしたことではない/つまらない>といった意味があり、ここだけを見るとマイナスな印象とも言えます。しかし、この歌での「なんでもない」はプラスの意味で用いられています。平凡さを長所として見ているのですね。なんでもない会話は、世間話と言ったところでしょう。
- 「なんでもない笑顔」
この「なんでもない」も、良い意味として用いられています。「笑顔」は文字通り笑った顔のことですね。
- 「なんでもないからふるさとが好き」
「から」は接続助詞で、原因・理由を表しています。国語的には<先行の事柄の当然の結果として、後行の事柄が起こることを示す>と解説されます。なんでもない、「だから」ふるさとが好き、と、好きな理由を説明しています。
「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」の句切れと表現技法
句切れ
この歌は三句切れです。
前半の三句までで「なんでもない会話と笑顔がある」という、ふるさとのようすが描かれています。ここで視点が切り替わり、四句と結句では「だからふるさとが好き」という主人公の想いが綴られています。
句またがり
「句またがり」とは、一つの句(5音・7音)の中に言葉がおさまらず、次の句へまたがって続くことを言います。独特のリズムを生み出したり、言い回しが読み手の印象に残ったりする効果があり、現代短歌ではよく見られます。
初目から2句にかけて、「なんでもない会話」という言葉がまたがっています。また、2句から3句にかけて「なんでもない笑顔」という言葉がまたがっています。
反復法
反復法とは、同じ言葉や、同じ句を何度も繰り返す技法のことです。
この歌では、「なんでもない」という言葉が3回使われています。同じ言葉を繰り返すことによって、この歌自体を強く読者に印象づける効果を生み出していると言えます。
字余り
初句が5音になるところを6音にしており、また、4句が7音になるところを8音にしています。
これらは表現的な効果を狙ったわけではなく、「なんでもない」「なんでもないから」という表現を選んだためと考えられます。
「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは第1歌集の『サラダ記念日』です。
作者は当時24歳でした。この歌が詠まれた背景について、作者自身が取り立てて語ったことはありません。
作者は大阪生まれですが、13歳で福井に転居しています。この歌が詠まれたとき、作者は東京に住んでいました。「ふるさと」は大阪か福井かのどちらかを指していると思われます。
別の歌の解説で、俵万智が大阪弁について語っていたことがあるため、「ふるさと」は大阪説が濃厚かもしれません。
「なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き」の鑑賞
【なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き】は、ふるさとの「なんでもない」を心地よく感じる気持ちを詠んだ歌です。
方言で交わされる会話。内容もきっと何ということのないものなのでしょう。けれども、それが懐かしく、あたたかく、心地よく感じる。そして、ふるさとの人々の笑顔。挨拶を交わした人、声を掛けてくれたご近所さん、家族や親族。何気ない笑顔がとてもあたたかい。
特別に何があるわけでもないこれらのことを「だから好きなんだな」と歌の主人公は気付いたのですね。
買い物に困らず、交通は便利で、人もたくさんいる都会。満たされていて輝かしい街にももちろん良さはたくさんあります。けれども、この歌のような「なんでもない」も、またひとつの良さなのです。
普段は離れているからこそ、平凡なふるさとのあたたかさをより一層感じたのかもしれません。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。
1962年に大阪府門真市で生まれ、13歳で福井に移住。その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を1989年まで務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。短歌になじみがなかった人にも分かりやすい表現が受け、瞬く間に話題を呼び、この歌集は260万部を超えるベストセラーになりました。『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げ、芝居の脚本に挑戦したことも。現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。また1996年6月から毎週日曜日読売新聞の『読売歌壇』の選と評を務めています。2019年6月からは西日本新聞にて、「俵万智の一首一会」を隔月で連載しています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- 来年の春まで咲くと言われれば恋の期限にするシクラメン
- 男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
- まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける
- 生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり
- バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ
- 最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て