春を告げる花といえば、梅に桃、そしてなんといっても主役は桜です。
これらをテーマにした俳句は非常に多くの歌に詠まれています。また、芽吹きの生命力を詠った歌や、風や霞にまつわる幻想的な歌も多くみられます。
時代とともに短歌(和歌)の表現はずいぶん変わってきましたが、その変化をみるのも興味深いものです。
今回は近代(現代)短歌から昔の歌人の句(和歌)まで「春のおすすめ有名短歌集」をご紹介していきます。
春の有名短歌集【昔の歌人の句(和歌) 15選】
まずは昔の短歌をご紹介していきます。
昔の短歌とは、いわゆる「和歌」と呼ばれている万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の時代に作られた短歌のことです。
ここでは特に有名な春の短歌をピックアップしご紹介します。
(※春は旧暦で1月~3月を指しますが、今回はこの期間にこだわらずに春らしい句を選んでいます)
【NO.1】太宰少弐小野老朝臣(万葉集)
『 あをによし 寧楽の京師は 咲く花の 薫ふがごとく 今盛りなり 』
意味:奈良の都では咲き誇る花が美しく照り映えるように、今が真っ盛りです。
※「あをによし」は奈良にかかる枕詞で青丹(あおに)は薄緑の伝統色のこと。「寧楽」は奈良のこと。「京師」は平城京のこと。「薫ふ」は美しく照り映えるの意。作者名は「だざいのせうにおののおゆのあそみ」と読みます。
【NO.2】志貴皇子(万葉集)
『 石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりけるかも 』
意味:岩の上を激しく流れ落ちる滝のほとりで、わらびが芽吹く春になったのですね。
※「石走る」は、岩の上を水が勢いよく流れるの意。「垂水」は滝のこと。「さわらび」は芽を出したばかりのわらびのことです。
【NO.3】大伴家持(万葉集)
『 うらうらに 照れる春日に ひばり上り 情悲しも ひとりし思へば 』
意味:うららかに照っている春の日にひばりが高く舞い上がっている。でも私の心は悲しい気持ちだ。ひとりで物思いにふけっていると。
※「情悲し」は心悲しの意味です。
【NO.4】山部赤人(万葉集)
『 春の野に すみれ摘みにと 来しわれそ 野をなつかしみ 一夜寝にける 』
意味:春の野にすみれを摘みに来た私は、野に心惹かれて去りがたく、一夜を明かしてしまったのです。
※「われそ」は、われぞを清音化したものです。
【NO.5】僧正遍照(古今集)
『 浅緑 糸よりかけて 白露を 玉にもぬける 春の柳か 』
意味:薄緑色の糸をより合わせ、白露を玉のように貫き通している春の柳であることよ。
※「浅緑」は糸や野辺にかかる枕詞。「糸よりかけて」は糸を数本ねじりあわせて一本にすることをいいます。
【NO.6】紀貫之(古今集)
『 桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 波ぞ立ちける 』
意味:桜の花を散らしてしまった風のなごりで、まだ舞っている花びらは、まるで水のない空に花びらの波が立っているようです。
【NO.7】在原業平(古今集・伊勢物語)
『 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして 』
意味:この月は以前と同じ月ではないのか。春は去年の春と同じ春ではないのか。私一人だけが変わらず、他はみな変わってしまった。
※「月やあらぬ」は、月はそうではないのか、といった意味です。
【NO.8】藤原因香朝臣(古今集)
『 たれこめて 春のゆくへも 知らぬまに 待ちし桜も 移ろいにけり 』
意味:すだれを下ろしきって、部屋に引きこもり、春の移りゆく様子もわからないうちに待っていた桜の花も散ろうとしているのだなあ。
※「たれこめ」は、すだれなどを垂らしてその中に篭ることを意味します。また「花瓶に生けた桜が散り始めたのを見て詠んだ歌」との前書きがあります。
【NO.9】伊勢(古今集)
『 春がすみ 立つを見捨てて 行く雁は 花なき里に 住みやならへる 』
意味:春霞が立つのを見捨てて北へ帰って行く雁は、花のない里に住み慣れているのでしょうか。
※「住みやならへる」は、住ならふ→住み慣れる、の意味です。
【NO.10】凡河内躬恒(古今集)
『 春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそみえね 香やは隠るる 』
意味:春の夜の闇は、わけのわからないことをする。梅の花は闇に隠れて色が見えないかもしれないが、香りも隠れるのだろうか、いや、隠れはしないのだ。
※「あなやし」は、理由がわからない、はっきりしないの意。「やは」は、〜か、いや~ない、を意味します。作者名の読み方は「おおしこうちのみつね」です。
【NO.11】紀友則(百人一首)
『 ひさかたの 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ 』
意味:日の光がのどかな春の日なのに、どうして落ち着かずに桜の花は散るのだろうか。
※「ひさかたの」は、天、空、月、雲、雨、光、夜、都などにかかる枕詞です。「しづこころ」は落ち着いた心。ちなみに前出の紀貫之は、この紀友則のいとこです。
【NO.12】素性法師(古今集)
『 見渡せば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける 』
意味:はるかに眺めてみると、柳の緑と桜の花の色が混ざり合って美しく、これこそ京の都の、春の錦なのですね。
【NO.13】藤原俊成女(新古今集)
『 風かよふ 寝覚めの袖の 花の香に かをる枕の 春の夜の夢 』
意味:ふと目覚めると、風が部屋に吹き渡っていて、その風が運んできた花の香で私の袖が香っています。枕もその香りがしていますが、その枕で私は春の夜の夢をみていたのですね。
【NO.14】太上天皇(新古今集)
『 ほのぼのと 春こそ空に 来にけらし 天の香具山 霞たなびく 』
意味:ほのかに、春がまず空にやって来たようです。天の香具山に霞がたなびいています。
【NO.15】大伴家持(万葉集)
『 春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ少女 』
意味:春の庭が紅色に美しく照り輝いています。桃の花が木の下までも照り輝き、その道に出てたたずむ少女よ。
※「下照る」花の色などで、木の下が美しく照り映えることです。
春の有名短歌集【近代(現代)短歌 15選】
次に語感的にみなさんの感覚に近い現代短歌をご紹介します。
明治時代の歌人から、後半はガラッと変わって今どきらしい現代の短歌をご紹介しますのでぜひお楽しみください。
【NO.1】前田夕暮
『 木に花咲き 君わが妻と ならむ日の 四月なかなか 遠くもあるかな 』
意味:木に花が咲くころ、君が私の妻となる日の4月はなかなか先のことで、待ち遠しいものだなあ。
【NO.2】岡本かの子
『 桜ばな いのち一ぱいに 咲くからに 命をかけて わが眺めたり 』
意味:桜の花が、その命を精いっぱい尽くして咲くからには、私も命がけで桜の花をながめますよ。
【NO.3】玉城徹
『 いづこにも 貧しき路が よこたはり 神の遊びのごとく白梅 』
意味:どこにも貧しさのある道が横たわっている。しかしまるで神様の遊びのように、白梅が咲いているのです。
【NO.4】馬場あき子
『 夜半さめて 見れば夜半さえ しらじらと 桜散りおり とどまらざらん 』
意味:夜中に目が覚めて、窓の外を見ると、夜中であるにもかかわらず、しらじらと桜が散って、それはとどまることがないのです。
【NO.5】小中英之
『 今しばし 死までの時間 あるごとく この世にあはれ 花の咲く駅 』
意味:今しばらく死ぬまでの時間があるように思われる、この世あわれ、花の咲く駅よ。
【NO.6】佐々木信綱
『 願はくは われ春風に 身をなして 憂ある人の 門をとはばや 』
意味:願わくば、わたしは春風になって、悩んでいる人の門を訪ね、気持ちをまぎらわせてあげられたらいいのになあと思っています。
【NO.7】北原白秋
『 ヒヤシンス 薄紫に 咲きにけり はじめて心 顫ひそめし日 』
意味:ヒヤシンスが薄紫に咲いていて、あの時はじめて心が恋にふるえはじめたのです。
※「顫ひ」は、ふるい(震える)
【NO.8】石川啄木
『 やはらかに 柳あをめる 北上の 岸辺目に見ゆ 泣けと如くに 』
意味:柔らかな柳が青く色付いて揺れている北上川の岸辺が、この目に見えているようです。私に泣けといわんばかりに。
【NO.9】釈超空
『 桜の花 ちりぢりにしも わかれ行く 遠きひとりと 君もなりなむ 』
意味:桜の花が、ちりぢりに散って別れていきますが、同じように、別れて遠い人のひとりと君もなってしまうのだろうなあ。
【NO.10】上田三四二
『 ちる花は 数限りなし ことごとく 光をひきて 谷にゆくかも 』
意味:散っていく桜の花は数に限りがない そのすべてが光をひきながら 風に吹かれて谷を下っていく。
【NO.11】永井陽子
『 あはれしづかな 東洋の春 ガリレオの 望遠鏡に はなびらながれ 』
意味:しみじみと静かな東洋の春に、ガリレオの望遠鏡には、桜の花びらが流れ散っているところが写ったのです。
【NO.12】天野慶
『 日溜まりに 置けばたちまち 音立てて 花咲くような 手紙が欲しい 』
意味:日溜まりにそのまま置くだけで、たちまち音をたてて花が咲くような、そんな手紙が欲しい。
【NO.13】笹井宏之
『 葉桜を 愛でゆく母が ほんのりと 少女を生きる ひとときがある 』
意味:葉桜を愛でて眺めてゆく母が、ほんのりと少女を生きているひとときがあるのです。
【NO.14】木下龍也
『 千切りに された春です いま君の 頭に乗った 桜の花片 』
意味:それは千切りにされた春ですよ。いま君の頭に乗った桜の花びらは。
【NO.15】鯨井可菜子
『 皿の隅 ポテトサラダは ひっそりと 春の一部と なりて動かず 』
意味:お皿の隅に置かれたポテトサラダは、ひっそりと春の一部となり動かないのです。
以上、春の有名短歌集でした!
春は桜の歌をやはり詠みたくなりますよね。
桜の名所などにお出かけされるときは、ぜひその感動を短歌にして楽しんでみてください。