【細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

万葉の時代より人々の心を映し、親しまれてきた日本の伝統文学「短歌」。

 

「五・七・五・七・七」の三十一文字で、歌人の心情を表現する叙情的な作品が数多く残されています。

 

今回は、生化学研究者であり現代を代表する歌人のひとりでもある・永田紅の歌「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」をご紹介します。

 


 

本記事では、「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」の詳細を解説!

 

細胞の 中に奇妙な 構造の あらわれにけり 夜の顕微鏡

(読み方:さいぼうの なかにきみょうな こうぞうの あらわれにけり よるのけんびきょう)

 

作者と出典

この歌の作者は「永田紅(ながた こう)」です。歌人一家に生まれ育ち、幼い頃から短歌が身近にある環境で育ちました。穏やかな日常をみずみずしい感性で表現した歌風が特徴です。研究者としての目線で詠んだ歌も多く残しています。

 

また、この歌の出典は『日輪』です。

 

2000年に刊行された永田紅の第一歌集です。初めて短歌を詠んだ中学時代から大学時代までに詠んだ歌が収められています。

 

現代語訳と意味 (解釈)

この歌を現代語訳すると・・・

 

「細胞を覗いていると、そこに奇妙な構造が現れてきたのだよ。夜の顕微鏡の中に」

 

という意味になります。

 

夜の大学の研究室で顕微鏡を覗いていた作者。そこに見えてきた不思議な形に心を揺さぶられた体験を歌にしています。

 

文法と語の解説

  • 「構造」

顕微鏡を覗いて観察しているときに見えた形または模様を、「構造」という言葉で表現しています。漢語の硬い響きが、この歌全体を味わい深いものにしています。

 

  • 「あらわれにけり」

「あらわれにけり」の「けり」は、詠嘆の助動詞。「…たのだなあ」という意味です。

 

「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、一首の中での大きな意味上の切れ目のことで、読むときもここで間をとると良いとされています。

 

この歌は「あらわれにけり」の「けり」のところで一旦文章の意味が切れます。四句目で切れていますので、「四句切れ」の歌となります。

 

句またがり

句またがりとは、文節の終わりと句の切れ目が一致しない状態を言います。句またがりは、短歌のように句数の定まった定型詩で使われる技法です。

 

「細胞の中に奇妙な構造の」を文節で区切ると「細胞の中に(8文字)」「奇妙な(4文字)」「構造の(5文字)となるので、「句またがり」となります。

 

ここでの言葉の不自然なつながり方が、細胞の見た目の奇妙さを強調しています。

 

字余り

字余りとは、「五・七・五・七・七」の形式よりも文字数が多い場合を指します。あえてリズムを崩すことで、結果的に意味を強調する効果があります。

 

この歌では五句目の「夜の顕微鏡 (8)が字余りとなっています。

 

「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」が詠まれた背景

 

作者は、京都大学農学部の学生として研究に励んでいた当時、この歌を詠みました。作者は子供時代から生物に興味があり、母親もあきれるほどだったそうです。子供時代を振り返り、以下のように語っています。

 

「子供のころ、生き物が「どうなっているのか」を見るのが私は好きだった。夕食のみそ汁のアサリをつまみあげて、「これが入水管でこっちが出水管」とひとり納得したり、焼き魚を解体しながら食べたりして母親に呆れられたものだ。夏休みの自由研究で楽しかったのは、キノコ採集、菌糸の培養、和紙作りや石鹸作り。手塚治虫の『ブラック・ジャック』を愛読して外科医に憧れもした。算数は苦手だったけれど、理科が好きだった。」

『文藝春秋BOOKSホームページ 「大発見」の思考法・書評』より

 

歌人一家に生まれ育った作者は、13歳で父の主宰する短歌結社「塔」に入会し、短歌を作り始めました。父・永田和宏は歌人であり細胞生物学者。母・河野裕子は、現代の与謝野晶子とも称される戦後の女性短歌のトップランナー。兄・永田淳は歌人であり出版社社長です。

 

幼い頃から短歌が身近だった作者は、日常のちょっとしたことから想像を膨らませて楽しんだり、深く感動することができる感性の持ち主だったようです。

 

第一歌集『日輪』には、作者が中学時代から大学時代までに詠んだ歌が収められています(この歌含む)。大学時代に何かドラマチックな出来事が起こったというわけではなく、作者はごく普通の学生生活を過ごしていたようです。

 

学生としての日常を、若い女性らしい鋭くみずみずしい感性で切り取った作品集となっています。

 

「細胞の中に」の歌からは、大好きな研究に没頭しながらも、顕微鏡を覗いて見つけた不思議な物体に「へぇーっ!!何だろう?」と心を動かされる柔軟性を持った女性像が浮かび上がってきます。

 

「細胞の中に奇妙な構造のあらわれにけり夜の顕微鏡」の鑑賞

 

夜の大学の研究室で、学生が顕微鏡を覗いている。ごく当たり前の日常の風景です。

 

顕微鏡を覗いて見えた不思議な形になぜ心を奪われたのか、作者自身が以下のように語っています。

 

「精神科医だった斎藤茂吉という歌人がいます。彼の作品に「屈まりて脳の切片を染めながら通草(あけび)のはなをおもふなりけり」という歌があるんですよ。脳の切片を染色液で染めて顕微鏡をのぞきこんだとき、紫色になったそれを見て、アケビの花に思いが飛んだんでしょうね。こういう柔軟性って、何の役にも立たないかもしれないけど、物事をいろいろな角度から見られる楽しさがありますよね。 私も顕微鏡を見ながら茂吉の歌を思い出して、「この小胞体はカラスウリの花みたいだな」なんて思ったりします。世の中をいろいろな目で見られることは純粋に楽しいと思うんです。」

『京都大学ホームページ 京大人間図鑑 Vol.14』より

 

顕微鏡で細胞を観察すること自体は純粋な研究であり、細胞は研究対象でしかありません。

 

しかし、作者によると真剣な研究の最中にふっと心が遊ぶ瞬間があるようです。

 

そのときに目に入った「奇妙な構造」を「研究者目線」ではなく、日常を楽しむ「ひとりの人としての目線」でとらえて、「これは面白い、まるで別の何物かのように見えるなぁ」と想像を膨らませて、この歌を詠んだと推測されます。

 

作者「永田紅」を簡単にご紹介!

 

永田紅は、1975531日生まれ。滋賀県出身。歌人であり、生化学研究者 (京都大学助教授)です。

 

父・永田和宏、母・河野裕子、兄・永田淳も歌人という歌人一家に生まれ育ちました。13歳で父の主宰する短歌結社「塔」に入会。歌人としては、大学在学中より『塔』や京都大学短歌会に所属して積極的に活動しました。

 

研究者としては、京都大学農学部卒業、京都大学大学院農学研究科博士課程修了後、研究者として活躍、2010年には最優秀若手研究者賞を受賞しています。

 

歌人としての著作は現在までに4作。第一歌集『日輪』(2000年刊行、2001年に第45回現代歌人協会賞を受賞)。第二歌集『北部キャンパスの日々』(2002年刊行)。第三歌集『ぼんやりしているうちに』(2010年刊行)。第四歌集『春の顕微鏡』(2018年刊行)があります

 

「永田紅」のそのほかの作品

 

  • 人はみな馴れぬ齢を生きているユリカモメ飛ぶまるき曇天
  • 川のない橋は奇妙な明るさで失うことを教えてくれる
  • ああ君が遠いよ月夜 下敷きを挾んだままのノート硬くて
  • 輪郭がまた痩せていた 水匂う出町柳に君が立ちいる
  • 眼が覚めてもう会えないと気づく でも誰のしずかな鎖骨だったか
  • 対岸をつまずきながらゆく君の遠い片手に触りたかった
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