【終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

短歌は、思ったことや感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。

 

「みそひともじ」とも呼ばれるこの「短い詩」は、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。

 

今回は、現代短歌の第一人者である歌人「穂村弘」の一首「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」をご紹介します。

 

 

本記事では、終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」の詳細を解説!

 

終バスに ふたりは眠る 紫の <降りますランプ>に 取り囲まれて

(読み方:しゅうばすに ふたりはねむる むらさきの おりますらんぷに とりかこまれて)

 

作者と出典

この歌の作者は「穂村弘(ほむら ひろし)」です。

 

エッセイや短歌批評の名手としても知られており、現代短歌の旗手として世代を問わず注目され続けています。今では当たり前となった「完全なる口語表現の短歌」を初めて世に送り出した、現代短歌のパイオニアとも言える人物です。

 

また、出典は『シンジケート』です。

 

1990年に発表された穂村弘のデビュー歌集で、今もなお多くの人から愛され続けています。20215月には、31年の時を経て新装版が発売されました。この歌集について、作者本人は「青春歌集である」と語っています。1987年に出された俵万智の歌集『サラダ記念日』と並んで、現代短歌の古典とも言われているのがこの『シンジケート』です。しかし、出版当時は読者からの賛否の声がきっぱりと分かれ、「これが短歌なら、斎藤茂吉の墓前で切腹する」と言った歌人もいたそうです。歴史ある短歌の枠組みを崩壊させたと言われた作品ですが、今となっては当たり前になった口語短歌の先駆けであったと言えるでしょう。

 

現代語訳と意味 (解釈)

この歌は現代語で詠まれているため、読み手がそのまま意味を捉えられるものです。

 

あえて噛み砕いて書き直すと、次のような内容になります。

 

「最終のバスに揺られ、二人は眠っている。<止まります>のボタンの、紫色のランプに囲まれて」

 

では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。

 

文法と語の解説

  • 「終バスに」

「終バス」はその日の最終のバスのことです。最終ということは、夜遅い時間なのでしょうか。この単語だけで、おおよその場面設定が分かります。格助詞「に」がつき、場所を表す連用修飾語となっています。

 

  • 「ふたりは眠る」

人物が「ふたり」という言葉で表されています。この「ふたりは」という主語に、「眠る」という動詞が続いています。動詞は終止形であり、ここで歌に句切れができています。

 

  • 「紫の<降りますランプ>に」

<降りますランプ>は作者がつくった言葉で、バスを降りるときに押す「止まります」のボタンのことです。「紫」はそのボタン自体の色と言うよりも、ボタンが灯ったときの灯りの色だと考えられます。

 

  • 「取り囲まれて」

「取り囲む」は周囲をとりまくことです。ランプの紫色が2人の周りに複数あることが分かります。最後の「て」は接続助詞で、歌の終わりではあるものの、読み手がその先に想像を広げるような余韻を生んでいます。

 

「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、歌の中の大きな意味の切れ目のことです。

 

この歌は二句切れです。

 

前半の二句までで「最終のバスで2人が眠っている」という状況を描き、そこで視点が切り替わります。続く三句から結句までで、2人を取り囲む風景が描かれています。

 

倒置法

日本語の文法に沿って書くと「最終バスの中で、紫の<降りますランプ>に取り囲まれて 2人は眠っている」というのが自然ですが、この歌においては順序が少し入れ替わっています。

 

先に「終バスにふたりは眠る」をもってくることで、バスの中で眠る2人に焦点が当たります。そしてそこからカメラがズームアウトするかのように、周りの風景へと視野が広がっていきます。

 

倒置法を用いることによって、テレビドラマのカメラワークのように読み手の視点が誘導されます。

 

字余り

字余りとは、「五・七・五・七・七」の形式よりも文字数が多い場合を指します。

 

4句目の「<降りますランプ>に」が8音で、字余りになっています。

 

しかしこれは「<降りますランプ>」という言葉を使っているためであり、何かしらの意図をもって字余りにしたわけでは無いと考えられます。

 

「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」が詠まれた背景

 

この短歌が詠まれた背景について、作者が語ったことは特にありません。フィクションなのかノンフィクションなのかも明らかにはされていません。

 

収録されている歌集『シンジケート』には「ごーふる(あとがきにかえて)」という、作者が綴った物語が載せられています。

 

小説のようでもあり、エッセイのようなリアリティを感じられるものでもある「ごーふる」。そこには、作者である穂村弘と一人の女性とのエピソードが書かれています。

 

このエピソードが事実だとすれば、「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」も事実に基づいて作られた歌なのかもしれません。

 

「終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて」の鑑賞文

 

【終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて】は、最終のバスの中で眠る「ふたり」の様子から、様々な想像を掻き立てられる歌です。

 

まず、この「ふたり」はどういった関係なのか。恋人同士、友人、親子…同性なのか異性なのか、年齢はどれくらいなのか。これだけでも色々な読み方ができそうです。収録されている歌集『シンジケート』を、作者は「青春歌集である」と語っていますので、今回は「ふたり」が男女であると考えて読んでいきたいと思います。

 

最終のバス。ということは、時間帯は夜遅くでしょうか。薄暗いバスの車内で、若い男女が寄りかかり合って眠っています。誰かが降車ボタンを押したのか、もしくは終着点に着く直前なのか…たくさんの紫色の灯りが点き、眠る2人を取り囲んでいます。何とも幻想的な、でも少し寂しさを感じさせるような光景です。

 

この2人の関係は今幸せの絶頂なのか、はたまた温度が低くなってきているのか…ランプの色が赤でも青でもなく紫と表現されているところから、2人を取り囲むのは幸福感だけではないようにも感じられます。また「終バス」という言葉も、2人の行く末を表しているかのようです。

 

作者が降車ボタンを<降りますランプ>と表現しているのもポイントです。なんとも優しい響きのこの言葉が、歌全体に柔らかさや甘さを加えています。甘くて幸せな中に、破滅のにおいも感じさせる…そんな歌なのではないでしょうか。

 

作者「穂村弘」を簡単にご紹介!

 

穂村弘1962年、北海道生まれ。父親の転勤で、子ども時代は神奈川県・愛知県へと住まいを移して育ちました。

 

19814月に北海道大学文I系に入学し、友人の影響で塚本邦雄の作品を読んだことから、短歌に興味を持ち始めます。そして1985年、林あまりの作品に触発され、歌づくりを始めます。同世代の歌人である林あまりの口語短歌に出会い、歌の新しさやインパクトに惹かれたようです。

 

1986年の角川短歌賞(短歌の新人賞)に「シンジケート」と題した50首で応募し、1990年に歌集『シンジケート』でデビューしました。その後、北海道大学を中退し、1983年に上智大学文学部英文学科に入学しました。

 

現代短歌を代表する歌人として、短歌の魅力を広めるとともに、評論、エッセイ、絵本、翻訳など様々な分野で活躍しています。



「穂村弘」のそのほかの作品