短歌の中には食べ物をテーマにしたものも多くあります。
恋愛の哀楽や美しい景色への感動と同じように、食べ物もまた人の心を動かすものだからです。
その中には美味しいものに心が弾む様子や、しみじみと味わう様子など、それぞれの詠み手が食べ物に感じたことが描かれています。
好きな句は幾つかあるのですが、「或る時のわれのこころを焼きたての麺麭(ぱん)に似たりと思ひけるかな」が一番気に入りました。どんな気持ちだったのかしら…ホカホカの…フカフカの…香ばしくてあたたかい感じ?と勝手に想像を巡らせてみたりして(^^;)
— はせ (@amu_amu210) September 9, 2011
今回はその中から、思わず食べたくなってしまうような「食べ物」を題材にした有名短歌・和歌を20首紹介していきます。
食べ物を題材にした有名短歌(和歌)集【前半10選】
【NO.1】大伴家持
『 鵜川立ち 取らさむ鮎の しが鰭は 我れに削き向け 思ひし思はば 』
【意味】鵜飼で取った鮎のヒレを私に切って送ってくれ、私のことを思っているなら。
【NO.2】大伴家持
『 我が君に 戯奴(わけ)は恋ふらし 賜りたる 茅花を食めど いや痩せに痩す 』
【意味】私はあなたに恋をしているようだ。頂いた茅花(つばな)を食べても痩せていくばかりだよ。
【NO.3】長意吉麻呂
『 醤酢に 蒜つきかてて 鯛願ふ 我れにな見えそ 水葱の羹 』
【意味】醤酢(ひしおす)に蒜(ひる)をついて合わせたもので鯛が食べたい。水葱(なぎ)のスープはいらないから見せないでほしい。
【NO.4】高安王
『 沖方行き 辺を行き今や 妹がため わが漁(すなど)れる 藻臥し束鮒(つかふな) 』
【意味】沖に行ったり岸に行ったりして、あなたのために今捕ってきたフナですよ。
【NO.5】本居宣長
『 朝よひに 物くふごとに 豊受の 神のめぐみを 思へ世の人 』
【意味】朝に晩に、物を食べるたびに神のめぐみを思いなさい、人々よ。
【NO.6】橘曙覧
『 たのしみは 門売りありく 魚買ひて 煮るなべの香を 鼻に嗅ぐ時 』
【意味】楽しみは家の前を売り歩く魚を買って煮る、その鍋の匂いを嗅ぐ時だ。
作者は魚を煮る匂いがたまらなく好きで、人生の楽しみだと感じているのでしょう。もうすぐ食べられるとわくわくしながら「ああ良い匂い!」と魚が煮れるのを待っているのでしょうか。かぐわしい煮魚の匂いが伝わるような歌です。
【NO.7】正岡子規
『 白妙(しろたえ)の もちひを包む かしは葉の 香をなつかしみ くへど飽かぬかも 』
【意味】真っ白な餅を包むかしわの葉の香りが懐かしい、飽きずに食べられるだろう。
【NO.8】北原白秋
『 厨戸は 夏いち早し 水かけて 雫したたる 蝦蛄(シャコ)のひと籠 』
【意味】台所に夏がいち早くやってきた。かけた水の雫がしたたるシャコの一かごよ。
【NO.9】斎藤茂吉
『 ただひとつ 惜しみて置きし 白桃の ゆたけきを吾は 食ひをはりたり 』
【意味】たった一つ惜しくて取っていた白桃を私は食べ終わったよ。
【NO.10】斎藤茂吉
『 汗にあえつつ われは思へり いとけなき 矍曇(くどん)も辛き 飯食ひにけむ 』
【意味】汗にまみれつつ私は思った。幼い矍曇も辛い飯を食べたのだろうかと。
食べ物を題材にした有名短歌(和歌)集【後半10選】
ここからは、明治から現代までに詠まれた有名な短歌を紹介していきます。
【NO.11】佐藤佐太郎
『 パンを焼く 家の裏口と おもほえて 香ぐはしき午後の 路地をとほりぬ 』
【意味】パンを焼く家の裏口だろうと思いながらかぐわしい午後の路地を通っていく。
【NO.12】石川啄木
『 或る時のわれのこころを 焼きたての 麺麭(パン)に似たりと思ひけるかな 』
【意味】ある時の自分の心を焼きたてのパンに似ていると思ったのだよ。
【NO.13】宮柊二
『 あたたかき 饂飩食ふかと 吾が部屋の 前にたちつつ わが妻が言ふ 』
【意味】温かいうどんを食べますかと、私の部屋の前に立って妻が言う。
【NO.14】杉崎恒夫
『 バゲットを 一本抱いて 帰るみち バゲットはほとんど 祈りにちかい 』
【意味】バゲットを一本抱いて帰る道では、バゲットはほとんど祈りに近い。
【NO.15】内藤明
『 内ふかく 春の潮を 含みたる 大はまぐりを 一口に食ふ 』
【意味】内側に深く春の塩を含んだ大ハマグリを一口に食べる。
【NO.16】内藤明
『 たっぷりと 牡蠣の 旨味を ふふみたる 土鍋の底の 葱をたのしむ 』
【意味】たっぷりとカキの旨味を含んだ土鍋の底のネギを楽しむ。
【NO.17】小池純代
『 人生の ここがいちばん いいところ うきうきとして 牛舌に塩 』
【意味】人生のここが1番良いところだ。ウキウキして牛タンに塩をふる。
【NO.18】小島ゆかり
『 歳晩の 鍋を囲みて 男らは 雄弁なれど 猫舌である 』
【意味】年末の鍋を囲んで男たちは雄弁だけど猫舌である。
鍋を囲んで男性同士がわいわい盛り上がり、しかし鍋が熱すぎて少しずつしか食べられない様子を、作者は少し離れて微笑ましく見ているのでしょう。何の鍋でしょうね。男性を雄弁にする鍋はきっととても美味しい鍋に違いありません。
【NO.19】竹内亮
『 コーヒーの 粉でつくられた 砂の城 白磁の国に 白湯はあふれて 』
【意味】コーヒーの粉で作られた砂の城。白磁の国に白湯が溢れていく。
【NO.20】西村曜
『 起きておきて、ホットケーキの 日だよって 朝の光が もう膨れてる 』
【意味】起きて起きて、ホットケーキの日だよって、朝の光がもうふくれてる。
「起きておきて」という繰り返しの呼び掛けにわくわくした気持ちを感じます。ふくらんだ朝の光という表現からはホットケーキがふくらむことと、心がふくらむような楽しさが伝わり、幸せな1日を予感させます。
以上、「食べ物」を題材にした有名短歌/和歌集でした!
食べ物をテーマにすると主観的な歌が作りやすく、だからこそ面白味のある短歌ができます。
また、食べ物をテーマにした歌は古代では「万葉集」に多く、近代、現代の短歌にもたくさん見られます。
美味しそうな食べ物の登場する短歌をもっと読みたいと思った人は探してみるのもおすすめです。