【君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

 

従来の短歌の概念を覆すカジュアルな表現で、若い世代をも魅了した現代短歌の先駆者・俵万智。

 

まるで日常会話の延長のように、口語短歌を鮮やかに展開させた彼女の歌風は「ライトバース」と称されました。

 

今回は爽やかな女性の恋心を詠んだ歌「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」をご紹介します。

 

 

本記事では、「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」の意味や表現技法・句切れについて徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」の詳細を解説!

 

君のため 空白なりし 手帳にも 予定を入れぬ 鉛筆書きで

(読み方:きみのため くうはくなりし てちょうにも よていをいれぬ えんぴつがきで)

 

作者と出典

この歌の作者は、「俵万智(たわら まち)」です。

 

現在も歌人や小説家、エッセイストとして幅広い分野で活躍しています。溢れ出る感受性を親しみやすい平易な言葉で表現し、詠む人の心を掴んでいます。

 

また、この歌は1987年に刊行された第一歌集『サラダ記念日』が出典です。

 

現代語訳と意味(解釈)

この歌の解釈は・・・

 

「あなたのために予定を入れないで空白だった手帳にも、予定を入れました。鉛筆書きで」

 

となります。

 

どんな予定よりもあなたとの時間を優先したい、そんな健気な女性の姿が目に浮かびます。「君」とはまだ交際が始まったばかりの頃でしょうか。初々しさを感じさせる一首です。

 

文法と語の解説

  • 「空白なりし」

断定の助動詞「なり」の連用形+過去の助動詞「き」の連体形の形式で、「~であった」と訳します。

この歌では「空白だった」と表しており、作者が相手との時間を優先的に考えていたことが読み取れます。

 

  • 「入れぬ」

完了の助動詞「ぬ」がついているため、「入れてしまった」となります。

 

「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、意味や内容、調子の切れ目を指します。歌の中で、感動の中心を表す助動詞や助詞(かな、けり等)があるところ、句点「。」が入るところに注目すると句切れが見つかります。

 

この歌の場合は四句目の「予定を入れぬ」で一旦文章が切れており、句点を打つことができるので「四句切れ」となります。

 

倒置法

倒置法とは、語や文の順序を逆にし、意味や印象を強める表現方法です。短歌や俳句でもよく用いられる修辞技法のひとつです。

 

この歌でも本来の意味どおり文を構築すると、

 

「君のため 空白なりし 手帳にも 鉛筆書きで 予定を入れぬ

(意味:あなたのため空白だった手帳にも 鉛筆書きで予定を入れました)

 

という語順になります。

 

しかし、四句と五句を入れ替えることで、「鉛筆書きで」に込められた作者の心情を見事に強調しています。

 

「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」が詠まれた背景

 

この歌が収録されている『サラダ記念日』は、発売されるやいなや280万部のベストセラーとなりました。当時としても異例の売れ行きを見せ、現在でも版を重ね店頭に並べられている歌集です。

 

それまでの短歌は、「文学的な知識を必要とする」「老人が楽しむ趣味」など敬遠される傾向がありました。

 

しかしそんなイメージを覆すかのように、口語を使った斬新で親しみやすい表現は、若い世代からも高い共感を得ました。

 

彼女の得意とする手法のひとつに、現代語に古語を織り交ぜて詠む表現技法があります。あえて古語を使うのは、文字数の関係もあるのかもしれませんが、現代語だけの構成に比べると歌全体が引き締まるように感じられます。

 

古語を効果的に取り入れた彼女の作品をいくつか挙げると・・・

 

  • 「元気でね」マクドナルドの片隅に最後の手紙をかきあげており
  • 君と食む三百円のあなご寿司そのおいしさを恋とこそ知れ
  • いるはずのない君の香にふりむいておりぬふるさと夏の縁日

 

などがあります。

 

この歌も、「空白なりし」「予定を入れぬ」といった古語が使用されています。さらに「君のため」という初句にも注目すると、万葉の時代からいくつもの恋歌で詠まれてきた「君がため」のフレーズも思い起こさせます。

 

詠んでいるのは現代を生きる女性の恋心ですが、古語を織り交ぜた表現を用いることで、王朝的な雰囲気を醸し出す歌になっています。

 

「君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで」の鑑賞

 

この歌を理解するためには、「君」が作者自身にとってどういった存在であったのか、どのような心情でこの歌が詠まれたのかを詠みとる必要があります。

 

「彼がいつ会いたいと言ってもいいように、予定を入れずにしておいたのに。会えるめどがたたないので予定を入れてしまった。」と思うように恋人に会えず、女性の少し拗ねた様子が詠み取れます。

 

ともすれば、相手への情熱が冷めてしまったかとも捉えかねません。

 

しかし、最後に「鉛筆書きで」と締めくくることで、いまだ女性の気持ちが離れておらず、むしろ変わらず恋焦がれていることが伝わってきます。

 

あなたと会えるようになれば、いつでも変更できるようあえて鉛筆で書いているのです。あくまで仮の予定であって、恋人との予定は最初から消せないようペンで書きこむのでしょう。

 

四句と五句の倒置法を効果的に用いることで、女性のいじらしさをよりいっそう引き立たせることに成功しています。

 

限られた字句の中で言外に感情を表し、深い感動を伝えるための語句選びに長けた俵万智だからこそ生まれた作品です。

 

作者「俵万智」を簡単にご紹介!

 

俵万智(1962年~)は、大阪府門真市出身の歌人です。早稲田大学第一文学部に入学後、日本文学専修に進級。「心の花」を主宰している佐佐木幸綱に師事し、短歌を始めました。

 

大学卒業後は高等学校の国語教師として働くかたわら作歌活動を続けます。1986年には『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞、新しい感性と斬新な表現で詠む歌風から当時の歌壇を騒がせる存在となりました。

 

ベストセラーとなった第一歌集『サラダ記念日』をはじめ、不倫をテーマに危うい恋を詠んだ『チョコレート革命』、新たな生命を育てる喜びに満ちた『プーさんの鼻』など、多数の歌集を発行しています。

 

彼女の作品は、従来の短歌とは違い口語調で軽やかに詠んだものが多く、若い世代の人々に短歌を親しませるきっかけとなりました。恋愛や青春といった共感性のあるものから、バブル景気の豊かな消費社会をユーモアたっぷりに詠んだものなど、口語短歌の裾野を一気に広げていきます。

 

その後も発表する作品は高い評価を得て、現代歌人協会賞、紫式部文学賞、若山牧水賞など数々の賞を受賞。現在も歌人としての活動のみならず、Twitter上にも日々の出来事を投稿しており話題を集めています。

 

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