【白樺派とアララギ派とホトトギス派の違い】それぞれの特徴を簡単にご紹介!

 

現代における文学作品と言われると、とても堅苦しく難しいものと思われている方もいらっしゃるかと思います。

 

しかし、「作家がどの派閥に属しているか」を知ると、作品の分類や重点など背景がわかりやすくなります。

 

派閥は作品を読む手助けになることもあり、知っていると得をするポイントでもあります。

 

そこで今回は、現代文学史の中から「白樺派とアララギ派とホトトギス派の違い」について解説していきます。

 

白樺派とアララギ派とホトトギス派の違い

作品の違い

まず、3つの派閥は発表する作品が違います。

 

 

作品の違い

 

  • 白樺派・・・小説と芸術(絵画)
  • アララギ派・・・短歌
  • ホトトギス派・・・俳句

 

つまり、派閥から作家はどの種類の作品を書いているかが分かります。

 

思想&表現方法の違い

成立背景がそれぞれ異なるため、文学上の思想も異なっています。

 

  • 白樺派(しらかばは)

白樺派は西洋文学から影響を受けた人道主義、理想主義、個人主義を掲げました。

 

作家は特権階級が多く、その力を活かして自由に活動していたことも思想に関係しています。

 

つまり「個性や自由を尊重し、人間として理想的な姿をえがいた作品を作ろうとした派閥」ということです。

  • アララギ派

アララギ派は正岡子規の短歌論を受け継いだ、写実主義、生活密着を重視した作風です。

 

要約すると「物事をありのままに写し、実生活での感動や驚きを表現した派閥」ということです。

 

アララギ派は白樺派と反対の表現であったことから、上記二つは比較されやすい傾向にあります。

  • ホトトギス派

ホトトギス派は子規の弟子である高浜虚子を中心とし、写生、花鳥諷詠を重視した作風です。

 

言い換えれば「伝統的な形式を重んじ、四季や自然を客観的にありのまま表現すること」を重視しています。

 

子規の思想を受け継いでいるためアララギ派と似ていますが、異なるのは「俳句の形式(季語・五七五調など)を守ること」を重視していました。

 

これは当時の俳諧で新しい表現方法の俳句が出現し、守旧派であることを示したためです。

 

白樺派について詳しく解説!

(白樺派のメンバー 出典:Wikipedia)

概要

白樺派は、1908年に創刊した文芸雑誌『白樺』を中心に発生した大正時代の作家・作風・思想を指します。

 

『白樺』は学習院大学の同窓生が毎月お金を出し合い作成した同人誌で、日本において同窓生や同年代の作家が集まったのは『白樺』のみと言われています。

 

(『白樺』創刊号 出典:Wikipedia)

 

しかし、関東大震災により『白樺』は約23年で廃刊を迎えました。

 

白樺派の作家は富裕層や特権階級出身者が多く、恵まれた環境を活かし自由な創作活動をしていました。当時は大正デモクラシーによる自由主義が叫ばれており、白樺派はその流れに乗っていました。

 

『白樺』の掲載作品は小説以外に絵画もあり、西洋画家の作品を紹介するなど美術雑誌としての役割も果たしました。

 

思想・作風

主な思想は人道主義、理想主義を掲げ、個人の尊重を重視しました。つまり、人間の自由や平等を尊重し、博愛の精神を持った考えということです。

 

上記の思想から、作品は人間のあるべき理想的な姿を前提に作られており、現実に対して楽観的という批判があります。

 

作品の傾向として、明るい雰囲気を持ち口語体で書かれたことから親しみやすく、現代でも読み継がれています。

 

また、西洋文化を取り入れた功績もあり、日本へ最初にロダン彫刻が入ってきたきっかけを生んでいます。

 

以上の事柄から当時としては先進的・革新的な派閥であったことがわかります。

 

所属作家

武者小路実篤、志賀直哉、有島武郎、木下利玄、郡虎彦、里見トン、柳宗悦、有島生馬、長与善郎、岸田劉生、千家元麿、高村光太郎、倉田百三など

 

アララギ派について詳しく解説!

概要

アララギ派は、1908年に創刊した短歌結社誌『阿羅々木』(翌年に『アララギ』に改名)を中心に活動する作家・作風です。

 

『アララギ』は1997年に廃刊を迎えますが、後継結社それぞれが現在も雑誌を発行しています。

 

現在まで続く最大の歌壇とされ、系譜をひく結社(団体)も多く存在します。

 

正岡子規の門下生たちが集まった根岸短歌会による機関紙が元になっているため。アララギ派は子規の作風を受け継いでいる歌人が多く存在します。短歌雑誌のため、作品は短歌のみです。

 

思想・作風

主な思想は写実・生活密着です。つまり、現実をあるがままに表現することを良しとしました。

 

作風は万葉調と呼ばれ、技巧を凝らすのではなく、素朴で率直に表現しおおらかさを持った作品が多くみられます。

 

作品の特徴は枕詞や序詞という和歌独特の修飾語が使われる傾向があります。

 

所属作家

伊藤左千夫、島木赤彦、斎藤茂吉、土屋文明・五味保義、古泉千樫、中村憲吉、今井邦子、高田浪吉、結城哀草果、佐藤佐太郎、柴生田稔、近藤芳美など

 

ホトトギス派について詳しく解説!

メジロ

概要

ホトトギス派は、1897年に正岡子規の援助をもとに創刊された俳誌『ホトトギス』から生まれた、または『ホトトギス』の系譜に連なる俳人・作風です。

 

『ホトトギス』は現在でも発刊されており、最古の俳誌としても知られています。雑誌内では明治時代は小説も掲載していましたが、大正時代や昭和時代になると俳句のみになりました。

 

ホトトギス派と呼ばれる派閥ができたのは主に子規の没後です。

 

河東碧梧桐率いる新傾向俳句(伝統的な型を破り自由な韻律で詠まれた俳句)に対抗するものとして生まれました。

 

そのため、高浜虚子を中心として『ホトトギス』で活躍した俳人またはその系譜に連なる俳人をホトトギス派と呼びます。そのため、ホトトギス派と呼ぶときは俳人を指します。

 

思想・作風

主な思想は「写生」で、正岡子規が提唱した方法論でもあります。

(※写生…物事のありのままを写し詠むこと)

 

ホトトギス派と呼ばれる頃は「花鳥諷詠」と呼ばれる高浜虚子が提唱した方法論も取り入れられました。

(※花鳥諷詠…先入観を持たず、物事を客観的に伝統的な俳句形式を使って詠むこと)

 

つまり、物事はあるがままに主観を入れず無心の状態で詠むことが良しとしました。

 

また、新傾向俳句に対してホトトギス派は守旧派とも呼ばれ、俳句の伝統的な形式(季語・韻律を守ること)を重視しました。

 

しかし、後継の俳人たちはそこから発展させている部分もあります。ホトトギス派だった俳人たちが作った俳誌『馬酔木』は主観的に写生することを良しとしています。また、人間探求派の俳人は人間の内面心理を詠みこむようになりました。

 

このように、主な思想を受け継ぎつつ、後継の俳人たちは新たな境地も付け加えています。

 

所属作家

高浜虚子、水原秋桜子、山口誓子、阿波野青畝、高野素十、村上鬼城、飯田蛇笏、原 石鼎、池内たけし、山口青邨、後藤夜半、川端茅舎、今井つる女、阿波野青畝、中村草田男など

 

まとめ

 

  • 派閥名は雑誌名で各雑誌で取り上げた文芸作品が異なる。
  • 白樺派は文芸雑誌『白樺派』から生まれた作家(小説家・画家)や作風を指す。
  • 白樺派の特徴は特権階級による人間賛美で、当時は先進的だった。
  • アララギ派は短歌雑誌『アララギ』に所属した歌人・歌風を指す。
  • アララギ派の特徴は写実で生活に根差した作風で、子規の流れを汲んでいる。
  • ホトトギス派は俳誌『ホトトギス』から誕生した俳人で、後継の俳人も含んでいる。
  • ホトトギス派の特徴は新傾向俳句に対抗する形で写生を中心とするが、どのように写生するかは俳人によって異なる。
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