【秋の有名短歌30選】近代(現代)短歌から昔の歌人の句(和歌)まで!!徹底紹介!

 

今回は、秋の有名短歌についてご紹介していきます。

 

まだ短歌が和歌と呼ばれていた頃の作品から、近代・現代の有名な短歌まで、色々なものがありますので、ぜひお気に入りの一首を見つけてくださいね。

 

ちなみに、“短歌”という言葉が一般的に用いられるようになったのは、明治時代からだと言われています。この記事では、明治時代以前の歌については、和歌という表記をします。

 

短歌職人
それでは、さっそくご紹介していきます!

 

秋の有名短歌(和歌)集【昔の短歌(和歌) 15選】

 

まずは昔の短歌をご紹介していきます。

 

昔の短歌とは、いわゆる「和歌」と呼ばれている万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の時代に作られた短歌のことです。

 

ここでは特に有名な秋の短歌をピックアップしてご紹介します。

 

【NO.1】在原業平

『 ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは 』

意味:遠い昔の神様の時代にも聞いたことがなかっただろう、このように竜田川の水が紅葉のしぼり染めのようになっている光景は。

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この歌は、藤原定家が編纂した『小倉百人一首』の17首目に収録されています。竜田川を流れていく紅葉を、しぼり染めの織物に例えた美しい一首で、色鮮やかな紅葉のくれない色が目に浮かんでくるようです。

ちなみに、作者の在原業平は大変な美青年で、『伊勢物語』の主人公にもなっています。

 

【NO.2】菅原道真

『 このたびは ぬさもとりあえず 手向山 もみじのにしき 神のまにまに 』

意味:このたびの旅は出発のあわただしさに、御幣の用意もできかねました。代わりにこの手向山の、錦を織ったような素晴らしい紅葉を捧げます。どうか神々の御心のままにお受け取りください

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(ぬさ)とは、旅の途中、神さまにお供えする色とりどりの木綿や錦、紙などを細かく切ったもので、これらは峠を通るとき、そこにいらっしゃる道祖神へ捧げられていました。作者はその幣を持っていなかったので、幣の代わりに美しい色をした紅葉を捧げた、という歌です。古今和歌集・百人一首24首目に収録されています。

ちなみに、作者の菅原道真は平安時代の貴族であり、高名な学者で、死後には神格化され、“天神さま”として多くの神社に祀られています。

 

【NO.3】紀貫之

『 秋の菊 にほふかぎりは かざしてむ 花より先と しらぬわが身を 』

意味:この花が、枯れるまで美しく咲いている限り、冠にして頭に飾ってみようか。花より先に消えるかもしれないわが身だから。

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この歌は、作者の身近な人が亡くなってしまったとき、人間のいのちの儚さを感じて詠まれた歌だと言われており、古今和歌集に収録されています。和歌の中で、花はしばしば“はかないもの・すぐに散って(終わって)しまうもの”として表現されています。

作者の紀貫之は、平安時代の歌人で、905(延喜5)年に醍醐天皇の命により、『古今和歌集』を編纂した人物です。また、著書には散文集である『土佐日記』も有名です。散文とは、現代で言うエッセイのようなものです。

 

【NO.4】猿丸大夫

『 おく山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の こゑきくときぞ 秋はかなしき 』

意味:奥深い山で、紅葉を踏み分けながら妻を想って鳴いている鹿の声がする。その声を聞くと、秋と言う季節が人恋しく、物悲しいものに思える

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古今和歌集・百人一首5首目に収録されています。和歌の世界では、鹿が鳴くと言う言葉は“雄の鹿が妻(雌の鹿)を想って鳴く”ことだと考えられていました。奥山とは人里離れた奥深い山のことをさし、妻を求めて鳴いている鹿の声に、遠く離れた妻や恋人を想い慕っている感情を重ねた恋の歌です。

作者の猿丸大夫は伝説の歌人と呼ばれており、三十六歌仙のひとりにも選ばれています。謎の多い人物で、生没年も不明です。

 

【NO.5】能因法師

『 あらし吹く み室の山の もみぢばは 竜田の川の 錦なりけり 』

意味:山風が吹く三室山の美しい紅葉は竜田川へ散っていき、川面は、まるで豪華な錦の織物のようだ。

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『後拾遺集』・百人一首69首目に収録されています。三室山とは、現在の奈良県生駒郡にある山のことです。先ほどの在原業平の歌にもあった竜田川は、この三室山のふもとを流れている川のことなのです。錦織とは、5色の糸を使った豪華絢爛な織物のことで、それほど美しい景色であるという作者の感動を表しています。

作者の能因法師は平安時代の歌人で、26歳で出家し、東北や中国地方、四国などを旅しながら多くの歌を詠んだと言われています。

 

【NO.6】春道列樹

『 山川に 風のかけたる しがらみは なかれもあへぬ もみじなりけり 』

意味:山の中の川に、風が掛けた流れ止めの柵(しがらみ)がある。その正体は、流れきれないでいる紅葉の集まりであったよ。

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この歌で山川とは、「山と川」と言う意味ではなく、「山の中の川」を指します。“風がしがらみをかけた”という箇所では擬人法が用いられています。この歌は、作者が京都から大津(現在の滋賀県)へと旅をする途中、山中で即興で作った歌だと言われています。

作者の春道列樹(はるみちのつらき)は、平安時代の歌人で、文章生という、大学寮で文章を学ぶ学生でした。

 

【NO.7】小野小町

『 秋の夜も 名のみなりけり 逢ふといへば 事ぞともなく 明けぬるものを 』

意味:秋の夜が長いというのも言葉だけのこと、恋人に逢えたと思ったらあっけなく夜が明けてしまったところを見ると

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この和歌は、古今和歌集に収録されています。名のみは「名前だけ、名目だけで実質が伴わないこと」と言う意味です。和歌の中には恋の歌が多く登場しますが、恋をしている最中の幸せな気持ちを詠むことよりも、思うように逢えない辛さや、叶わない恋の嘆きを詠むことが良しとされています。この歌も、あっという間に朝が来て、恋人と離れ離れになってしまうことの切なさを詠んでいます。

作者の小野小町は平安時代の女流歌人で、三十六歌仙、六歌仙、女房三十六歌仙の1人に選ばれるほどの名歌人です。また絶世の美女であると言われており、数々の伝説を残しています。

 

【NO.8】額田王

『 君待つと 我が恋ひすれば 我が宿の 簾動かし 秋の風吹く 』

意味:あなた様を恋しく待っていますと、家の簾(すだれ)を動かして秋の風が吹いてきます

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額田王(ぬかたのおおきみ)が天智天皇を想って詠んだ一首で、万葉集に収録されています。かすかな簾の音に、想い人がやってきたのかと心ときめくものの、それが風のしわざだとわかってがっかりしている、という歌で、恋をする女性の心の機微が表現されています。

作者の額田王は、飛鳥時代の女流歌人で、はじめは天武天皇の妻になり、そののちに天武天皇の兄である中大兄皇子(のちの天智天皇)に愛されたと言われています。

 

【NO.9】藤原忠平(貞信公)

『 小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ 』

意味:小倉山よ、もしもあなたが人の心を理解することができるなら、再び天皇陛下がおいでになるその時まで、どうかその美しさを失わず待っていてください。

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百人一首26首目に収録されています。今ひとたびの、とは“せめてもう一度だけ”という意味で、作者の切実な願いが表現されています。また、行幸(みゆき)とは、天皇が訪れられるという意味です。

作者の藤原忠平は平安時代の貴族で、藤原氏の栄華の基盤を作ったとされる敏腕政治家です。この歌は小倉山の美しさに感動した歌のようですが、暗に、当時の天皇である後醍醐天皇へ小倉山に行くように勧めているのでは?とも言われています。

ちなみに、貞信公とは忠平の死後につけられた送り名です。送り名とは、身分の高い人が亡くなった時、生前の事績を評価してつけられた名前です。

 

【NO.10】湯原王

『 夕月夜 心もしのみ 白露の 置くこの庭に こおろぎ鳴くも 』

意味:月が浮かぶ夕暮れ、心がうちしおれてしまうほどに、白露の降りた庭の草木の陰で、こおろぎが鳴いていることだ

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万葉集に収録されています。夕月夜とは月の出ている夕暮れ時のこと。和歌でいうこおろぎは、秋の虫全般を指します。白い露が降り立った秋の夕暮れは、それだけで寂しいものなのに、虫の鳴き声がいっそう心にしみて、心がたわんでしまいそうになる、という風情のある一首です。

作者の湯原王(ゆはらおう/ゆはらのおおきみ)は奈良時代の皇族で、天智天皇の孫です。

 

【NO.11】天智天皇

『 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は露に濡れつつ 』

意味:秋の田の側にある小屋は、刈った稲穂をおくための仮小屋なので、屋根の草の網目が粗くて、私の着物の袖は夜露に濡れ続けている

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百人一首1首目に収録されています。あまりに有名な歌なので、みなさんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。苫(とま)とは、屋根に敷いてある草のことで、この歌では“刈り穂”と“かり庵()”が掛詞になっています。掛詞とは修辞法のひとつで、ひとつの言葉にふたつ以上の意味をもたせる技法のことです。

作者の天智天皇は、一般に中大兄皇子として知られており、中臣鎌足と共に大幅な政治改革である大化の改新を行いました。

 

【NO.12】大納言経信

『 夕されば 門田の稲葉 おとづれて 芦のまろやに 秋風ぞ吹く 』

意味:夕方になると門の前の稲の葉に音を立てさせて、芦ぶきの小屋に秋風が訪れてきたよ

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門田とは、門のすぐ前にある家から一番近い田んぼのことで、家から近くて仕事がしやすいということでいちばん大切にされていました。“秋風ぞ吹く”の“ぞ”は強調の意味を持つ係助詞で、「秋風が吹き渡ってくる」という意味です。百人一首71首目・『金葉集』に収録されています。

作者の大納言経信は、名を源経信と言い、平安時代の公家です。歌人としてだけではなく、管弦奏者としても活躍していたそうです。

 

【NO.13】左京大夫顕輔

『 秋風に たなびく雲の 絶え間より もれいづる月の 影のさやけさ 』

意味:秋風によって雲がたなびき、その絶え間から漏れ出てくる月の光が、なんとまあ明るく、清らかなことだろう

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新古今和歌集・百人一首79首目に収録されています。「に」は原因を示す格助詞です。この歌は、崇徳天皇に差し上げた「百首歌」のひとつです。「百首歌」とはいくつかのお題に沿って詠んだ題詠と呼ばれる歌を百首集めたものです。

作者の左京大夫顕輔は、名を藤原顕輔(ふじわらのあきすけ)と言い、「六条藤家」と呼ばれる名家の出身です。「詞華集」という勅撰和歌集の撰者でもあります。

(※勅撰和歌集…天皇や上皇の命令で編纂された歌集のこと)

 

【NO.14】良暹法師

『 寂しさに 宿を立ち出でて ながむれば いづこも同じ 秋の夕暮れ 』

意味:寂しさに耐えかねて我が家を出て外を眺めたところ、どこもかしこも同じように寂しいことだ。この秋の夕暮れよ

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この歌は体言止めで結ばれています。この、“秋の夕暮れ”という結びの言葉は、当時とても流行した言い回しだったようです。作者が比叡山を出て、大原でひとりで暮らし始めたばかりの頃に詠まれた歌で、それまで多くの仲間たちと一緒に仏門の修行をしていた日々から一転、山中でひとりぼっちの生活が始まり、とても人恋しかったのではないでしょうか。

作者の良暹法師は、平安時代の僧侶で生没年は不詳です。

 

【NO.15】文屋康秀

『 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ 』

意味:山から風が吹くとすぐに、秋の草木がしおれるので、なるほど、それで山から吹き下ろす風を嵐というのだろうな

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当時、嵐という言葉は、山から吹き下ろす強い風のことを指しており、現在とは少し意味が異なります。「嵐」は「荒らし」と掛詞になっており、“秋の草木を「荒らし」て枯れさせるので「嵐」というんだろうなあ”という意味を表す面白い一首です。

作者の文屋康秀は、平安時代の歌人で、文琳(ぶんりん)という別称があります。歌の名手で、六歌仙のひとりに選ばれています。小野小町の恋人のひとりでもあったと言われているようです。

 

秋の有名短歌(和歌)集【現代短歌 15選】

 

ここからは、明治以降の近代から現代の有名な短歌についてご紹介していきます。

 

【NO.1】伊藤左千夫

『 おりたちて 今朝の寒さを 驚きぬ 露しとしとと 柿の葉深く 』

意味:朝、庭におりてみると、思いがけない寒さに驚いた。いつの間にか一変した庭には柿の落ち葉が散っていて、朝露にしっとりと濡れていた

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季節の急激なうつろいを、青年時代から老年期にさしかかった自分に重ね合わせて詠まれた歌です。作者の代表作「寂(ほろ)びの光」に収録されています。

作者の伊藤左千夫は明治時代の歌人・小説家で、正岡子規に師事しました。純真な初恋の物語を描いた小説「野菊の墓」が有名です。

 

【NO.2】中村憲吉

『 秋浅き 木の下道を 少女(おとめ)らは おほむねかろく 靴ふみ来る 』

意味:秋がまだ始まったばかりの頃、木の下の道を、若い娘たちがかろやかに楽しそうに話しながらやってくる。靴まで踏んでいる娘も居るのが見えることだ

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作者は病気がちで、なかなか外を出歩くことができなかったそうです。病床につきながら、外から聞こえてくる少女たちの軽やかな声や、靴を踏んで歩く楽しそうな姿を見ていたのかもしれません。

作者の中村憲吉は、伊藤左千夫に師事した歌人で、歌誌「アララギ」で活躍しました。病弱のため、健康には恵まれず、46歳でその生涯を終えました。

 

【NO.3】佐藤佐太郎

『 秋分の 日の電車にて 床にさす 光とともに 運ばれて行く 』

意味:秋分の日の電車で、電車の中に射してくる光と一緒に私は運ばれていく。

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普通、電車が運ぶの乗客ですが、この歌では乗客ではなく、電車の中に射してくる光に焦点が当てられており、そこに作者の面白い着眼点が現れています。作者の佐藤佐太郎は、明治から昭和にかけて活躍した歌人で、妻の佐藤志満も同じく歌人です。

 

【NO.4】長塚節

『 馬追虫の 髭のそよろに 来る秋は まなこを閉じて 想ひ見るべし 』

意味:馬追虫(うまおい)の長く繊細なひげのように、かすかな気配でやってくる秋は、目を閉じてこころを澄ませて感じとるものだ

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馬追とはバッタやキリギリスの仲間の虫のことです。秋が虫の髭にやってくる、と表現した作者の繊細な感受性が光っています。作者の長塚節は、明治大正時代の歌人・小説家です。歌誌『アララギ』の創刊に携わりました。

 

【NO.5】木俣修

『 罪びとの ごくに坐して 妻とふたり 秋夜(しゅうや)の骨を 守らむとする 』

意味:まるで罪を犯した罪人のように、妻と2人でじっと座り、大切な息子の遺骨を守ろうとしている。秋の寂しい夜に。

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作者は自分の子どもを、病気のため6歳で亡くしており、その悲しみを詠う歌を多く残しています。作者の木俣修は、明治から昭和にかけて活躍した歌人で、日々の生活を題材にした多くの歌を詠みました。

 

【NO.6】窪田空穂

『 秋日ざし 明るき町の こころよし 何れの路に 曲りて行かむ 』

意味:秋の日ざしが明るくさしている街の陽気が心地よい。こんな日はどの道を回り道してみようか

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秋の過ごしやすい天気に、作者の心がのびのびとほぐれているのが伝わってくる一首です。こちらまで楽しくなってきそうですね。作者の窪田空穂は、明治から昭和にかけて活躍した歌人です。歌集には、『まひる野』、『土を眺めて』などがあります。

 

【NO.7】与謝野晶子

『 秋の雲 はなか心の人待ちに 涙流して ありと思いぬ 』

意味:秋の雲を見て、ずっと待ちわびている人のことを思い、おもわず涙がこぼれてしまう。想い人はきっとくる、と思っている。

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歌集『常夏』に収録されています。作者の与謝野晶子は、明治を代表する女流歌人で、歌誌『明星』で活躍しました。与謝野晶子は非常に多くの恋の歌を詠んだことで有名です。

 

【NO.8】与謝野晶子

『 秋の日は さびしせつなし 部屋の棚 あらゆる花を もて飾れども 』

意味:秋の日はなんだか寂しく、切ない気持ちがするので、部屋の棚に色々な花を飾ってにぎやかにしてみるけれど、やはり寂しい気持ちになる。

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こちらも与謝野晶子の詠んだ一首で、歌集『夏より秋へ』に収録されています。秋の日の、なんとはないもの悲しさを繊細にとらえて詠んだ一首です。

 

【NO.9】北原白秋

『 さえざえと 今朝咲き盛る 白菊の 葉かげの土は 紫に見ゆ 』

意味:今朝、さえざえと美しく咲いて、花の盛りを迎えた白菊の花。その葉がかげっている土は、まるで高貴な紫色に見えることだ

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紫色は、高貴・身分の高いイメージを持った色です。満開で花の盛りを迎えた白菊にばかり目がいってしまいそうな景色ですが、その陰に隠れている土に美しさを見出しているという、作者の観点が光る一首です。

作者の北原白秋は、明治から昭和にかけて活躍した歌人で、短歌の他に多くの童謡を作詞したことでも知られています。

 

【NO.10】若山牧水

『 白玉の 歯にしみとおる 秋の夜の 酒はしづかに 飲むべかりけり 』

意味:秋の夜に飲む酒は、白く輝く歯にさえもしみとおってくるような美味さである。このような酒は、静かに味わいながら飲むべきである

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作者の若山牧水は、非常にお酒が好きだったそうで、その心情がよく表れている一首ですね。牧水は明治から昭和にかけて活躍した歌人で、旅をこよなく愛し、全国を旅しながら短歌を詠んでいました。

 

【NO.11】若山牧水

『 雲去れば もののかげなく うす赤き 夕日の山に 秋風ぞ吹く 』

意味:雲が去って、何の物陰もなくなった空は薄いあかね色であり、その夕日で染まった山に秋風が吹いている

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こちらも若山牧水の詠んだ一首です。雲一つない晴れわたった夕焼け空が目に浮かんでくるような一句ですね。この歌は1910年に出版された歌集『独り歌へる』に収録されています。

 

【NO.12】齋藤茂吉

『 もみぢ照り あかるき中に 我が心 空しくなりて しまし居りけり 』

意味:紅葉の赤色が照りかえって、あたり一面はすっかり明るくなっている。その中にいて私の心はむなしくなり、しばしそこに佇んでいる

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「しまし」とは「暫し」と書き、しばらくの間・ほんの束の間という意味を指します。作者の齋藤茂吉は、大正から昭和初期にかけて活躍した歌人で、歌誌『アララギ』の中心人物でした。歌人の他に、精神科医としても有名でした。

 

【NO.13】齋藤茂吉

『 たまくしげ 箱根の山に 夜もすがら 薄(すすき)をてらす 月のさやけさ 』

意味:箱根の山の上で、夜通し薄(すすき)を照らしている、月が清く澄んみ切っていることだ

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「たまくしげ」は枕詞で「箱」という字にかかっています。枕詞とは和歌で使われる修辞のひとつで、特定の語の前において語調を整えたり、情緒を添える言葉のことです。

 

【NO.14】正岡子規

『 宮島の 紅葉が谷は 秋闌()けて 紅葉踏み分け 鹿の来る見ゆ 』

意味:宮島にある紅葉が谷では、秋がすっかり深まって、地面に落ちた紅葉を踏み分けながら、鹿が歩いてくるのが見えることだ

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「闌けて」とは、季節が深まって・盛りがすぎて、という意味の言葉です。

作者の正岡子規は、明治時代を代表する歌人です。短歌だけではなく、俳句や小説、詩、評論など幅広い分野の文才に長け、日本を代表する文学者のひとりとも言われています。肺結核のため、34歳という若さでこの世を去りました。

 

【NO.15】俵万智

『 やわらかな 秋の陽ざしに 奏でられ 川は流れてゆく オルゴール 』

意味:木に花が咲くころ、君が私の妻となる日の4月はなかなか先のことで、待ち遠しいものだなあ。

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歌集『風のてのひら』に収録されている一首です。やわらかな秋の日ざしに川面がきらきらと輝いていて、まるでオルゴールが音楽を奏でるように流れていくという意味の歌で、独自の美しい感受性で詠まれた現代短歌です。

作者の俵万智は現代短歌を代表する歌人で、1987年に出版された『サラダ記念日』はミリオンセラーを記録しました。現代短歌のブームを巻き起こした人物であると言えます。

 

 

以上、秋の有名短歌集でした!

 

秋は紅葉の歌をやはり詠みたくなりますよね。

 

紅葉の名所などにお出かけされるときは、ぜひその感動を短歌にして楽しんでみてください。

 

短歌職人
もちろん紅葉にかぎらず、旬な食べ物など秋の季節を題材にいろいろな短歌にチャレンジしてみてくださいね!
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