【東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

日本最古の歌集、『万葉集』。全20巻、4500首あまりの歌が収められています。

 

万葉集の成立は奈良時代末期といわれ、古代の人々の思いを生き生きと現代に伝えてくれます。この歌集に名があることで、千年の時を超えてその事績が伝えられている歌人もいます。

 

今回はこの『万葉集』から、柿本人麻呂の歌「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」をご紹介します。

 

 

本記事では、「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の意味や表現技法・句切れについて徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の詳細を解説!

 

東の 野に炎の 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ

(読み方:ひむかしの のにかぎろいの たつみえて かへりみすれば つきかたぶきぬ)

 

作者と出典

この歌の作者は「柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)」です。

 

(柿本人麻呂 出典:Wikipedia)

 

この歌の出典は、『万葉集』(巻一 48です。 宮廷歌人であった柿本人麻呂が軽皇子を称えて詠んだ歌です。

 

現代語訳と意味(解釈)

この歌の意味は、言葉の表面的な意味を拾うと・・・

 

「東の空は曙の太陽の光が差してくるのが見え、振り返って西を見ると、月が西の空に沈んでいこうとしている。」

 

となります。

 

太陽と月が同時にある空を詠んだ、スケールの大きな歌です。そして、後ほど解説しますが、この言葉の裏には、もっと奥の深い意味が潜んでいます。

 

文法と語の解説

  • 「東の」

ひむがしの/ひむかしの」と読みます。「の」は格助詞です。

 

  • 「野に炎の」

「に」は格助詞。「炎」は、「かぎろい」と読みます。曙の太陽の光のことです。「の」は格助詞です。

 

  • 「立つ見えて」

「立つ」は動詞「立つ」連体形です。「立つのが」ということです。

「見えて」は動詞「見ゆ」連用形「見え」+接続助詞「て」です。

 

  • 「かへり見すれば」

「かへり見」は「かへり見る」という動詞の名詞化したもので、振り返るという意味です。

「すれば」は動詞「す」の已然形「すれ」+接続助詞「ば」です。

 

  • 「月かたぶきぬ」

「かたぶきぬ」は、動詞「かたぶく」の連用形「かたぶき」+完了の助動詞「ぬ」終止形です。

 

「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、意味や内容、調子の切れ目を指します。歌の中で、感動の中心を表す助動詞や助詞(かな、けり等)があるところ、句点「。」が入るところに注目すると句切れが見つかります。

 

この歌には、句切れはありませんので「句切れなし」となります。

 

東の空を見上げ、そのままぐるりと視線を転じて西を振り仰ぎ、広大な空の様子をひと続きに詠んでいます。

 

見立て

見立てとは、る対象を別のものに言い換えて表現することです。

 

この歌を単なる情景歌として見るのであれば、「空の東の方角に太陽が西の方角に月がある」というだけですが、実は、この歌は情景歌と見せかけて非常に大きな意味を潜ませた歌なのです。

 

この歌は、軽皇子(かるのみこ:のちの文武天皇)のお供で、阿騎野(あきの:奈良県宇陀郡にあった野原のこと。狩りをする場所でした)に随行したときに柿本人麻呂が詠んだ歌です。

 

軽皇子(かるのみこ)を東の空の太陽に、軽皇子の亡くなった父・草壁皇子(くさかべのみこ)を沈みゆく月に見立てて、父は不幸にして世を去ったが、あとを継ぐ息子が立派にこの世を治めていくことを述べた歌であるとされます。

 

 

「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の鑑賞

 

この歌は、世を統べることになる軽皇子を称える歌ですが、そのことを外して情景歌としてみても、非常にスケールが大きく、広大な宇宙を詠み込んだ雄大な歌です。

 

情景歌としてもすぐれているという、この歌の独立性が1300年以上の時を経て、多くの人々に愛されている要因の一つであるといえます。

 

この歌が詠まれたのは旧暦の11月、今の暦でいえば12月の半ばほどです。つまり、寒い冬の季節です。

 

空気は冴え冴えと澄み渡り、夜明け前後の凍てつく空にさしてくる曙の光と沈みゆく月は神々しく尊く、阿騎野に宿る旅人の目に写ったことでしょう。

 

「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」の背景

 

この歌は、『万葉集』巻一に収められています。

 

この巻には・・・

 

「軽皇子の阿騎の野に宿りましし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌(軽皇子が阿騎野に狩りにお出ましになり宿でお休みなったときに、柿本人麻呂が作った歌)」

 

という題詞がついており、長歌が一首、それに四首の短歌が添えられており、この歌はその四首のうちのひとつです。

 

この歌が詠まれたのは、朱鳥(あかみとり)7年(692年)11月の出来事と言われています。この時、軽皇子は9歳にあたります。少年ながら軽皇子は、いずれ天皇に立つ、日嗣の皇子とみなされていいました。

 

【CHECK!!】

朱鳥(あかみとり)元年(686)、天武天皇が亡くなります。そのときの皇太子は、天武天皇と鵜野讃良皇后(うののさららのこうごう)の息子、草壁皇子でした。しかし、草壁皇子は帝位を践むことなく、朱鳥3(689)27歳で亡くなってしまいます。この時、草壁皇子の息子、軽皇子は6歳。草壁皇子の母・鵜野讃良皇后が持統天皇として即位、軽皇子の成長を待つこととなりました。

 

柿本人麻呂の詠んだ長歌と四首

(柿本人麻呂 出典:Wikipedia)

 

ここでは、柿本人麻呂の詠んだ長歌の内容を簡単に紹介します。

 

歌の中で柿本人麻呂は軽皇子を「高照らす 日の皇子(威光高く輝く日の皇子、皇太子であることを指す言葉)」と呼び、軽皇子一行が「古(いにしへ)思ひて(過去を思い出して、過去に想いを馳せて)」阿騎野に遊猟し、宿をとるといった情景が詠まれています。「古(いにしえ。過去)」とは、亡き草壁皇子のことです。

 

そして、この後に続く四首の歌をご紹介します。

 

安騎の野に宿れる旅人うちなびき寝()も寝()らめやもいにしへ思ふに

(現代語訳:阿騎野に宿をとる旅人、軽皇子とそのお供の一行は、草壁皇子のいらした昔のことを思い出し、眠ることもできない。)

ま草苅る荒野にはあれど黄葉(もみじば)の過ぎにし君が形見とそ来し

現代語訳:ここ阿騎野は荒野ではあるが、かつて草壁皇子もいらしたことのあるところ、草壁皇子を偲んで訪れるものである。)

東の野に炎の立つ見えて反り見すれば月かたぶきぬ

現代語訳:東の空は、曙の太陽の光が差してくるのが見え、振り返って西を見ると、月が西の空に沈んでいこうとしている。つまり、月が沈むかのように父である草壁皇子はお隠れになったが、そのあとを継ぐ軽皇子が太陽となってこの世を照らそうとしているのである。)

日並(ひなみし)の皇子(みこ)の命(みこと)の馬並()めて御狩立たしし時は来向ふ

(現代語訳:太陽に等しい皇子、天皇となるべき皇子の一行が馬を並べて狩りに出立するときがいよいよ来たのだ。)

 

「阿騎の野に…」と「ま草苅る…」の二首で、草壁皇子を偲んで一夜を明かすことを示し、「東の…」の歌で夜明けの到来を詠い、軽皇子が天皇となって世を治める時代の到来を予祝します。そして、夜が明け、仮に出発することを高らかに宣言する歌が「日並の…」の歌なのです。

 

「東の…」の歌は、前後の歌と合わせて詠んでいくと、単なる情景歌ではなく、月を天皇になることなく亡くなった父草壁皇子、太陽を父の遺志を引き継ぎ世を治めようとする軽皇子に見立てて詠んだものだとわかるのです。

 

その後、軽皇子は、朱鳥12(697)、祖母、持統の後見のもと、14歳の若さで即位しました。

 

作者「柿本人麻呂」を簡単にご紹介

(柿本人麻呂 出典:Wikipedia)

 

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は、飛鳥時代の歌人です。

 

おそらく、大化元年(645)ころの生まれではないかといわれていますが、正確な生没年、出自など、詳しいことはよくわかりません。『万葉集』にその名と、作品が残ることで現代まで名を遺した歌人となりました。

 

年代のはっきりしている最も古い歌は、『万葉集』二巻にのる、草壁皇子の死を悼む挽歌です。皇族の御幸に随行して歌を詠んだり、皇族の死を悼む挽歌を多く残していることから、身分の低い宮廷歌人であったと推測されます。

 

しかし、柿本人麻呂は、歌人としてはのちの人に高く評価されていました。奈良時代末期の歌人で『万葉集』成立に関わったとされる大伴家持、日本初の勅撰和歌集『古今和歌集』の撰者となった平安時代の歌人紀貫之らの尊敬を集め、神格化されていきました。

 

人麻呂の歌、伝人麻呂の歌は、平安時代以降も繰り返し勅撰集に入集することとなりました。

  

「柿本人麻呂」のそのほかの作品

(柿本人麻呂像 出典:Wikipedia

 

  • 玉藻刈る敏馬を過ぎて夏草の野島の崎に舟近づきぬ
  • もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波の行くへ知らずも
  • 淡海の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ
  • ささの葉はみ山もさやにさやげども我は妹思ふ別れ来ぬれば
  • 天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ
  • あしひきの山河の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ち渡る