【大伴家持の有名和歌 20選】万葉集の編纂者!和歌の特徴や人物像・代表作など徹底紹介

 

今回は、数ある作品の中でもその優美さで知られ、今日まで語り継がれてきた歌人「大伴家持(おおとものやかもち)」の有名和歌をご紹介します。

 

 

短歌職人
ぜひ一緒に鑑賞してみましょう。

 

大伴家持の人物像や作風

(大伴家持 出典:Wikipedia

 

大伴家持(おおとものやかもち)は、大納言・大伴旅人(おおとものたびと)の長男、奈良時代の貴族・歌人です。

 

また同じく歌人であった叔母・大伴坂上郎女(おおとものさかのうえのいらつめ)に育てられ、歌に慣れ親しむのびやかな少年期を過ごしますが、それも長くは続かず叔母とは11歳、父とは14歳の時に死別してしまいます。

 

その齢で大伴家を背負うこととなった家持を、左遷と昇進を繰り返す、官人としての波乱な人生が待ち受けます。幸いであったことは、彼の最大の功績とも言われる「万葉集」編纂に、早くより身につけていた教養や学問、培った物の見方が生かされたことでしょう。

 

(元暦校本万葉集 出典:Wikipedia

 

そんな家持の教養は詩歌で遺憾無く発揮されており、優美で繊細な歌風はどの歌人よりも多くの作品を「万葉集」に収めています。その数は長歌・短歌合わせて473首あると言われています。作品の特徴である儚く物悲しい表現は万葉集の中で異質であり、後の平安時代に大きな影響をもたらしました。

 

左遷により5年もの月日を越中で過ごす間、愛する妻・大伴坂上大嬢(おおとものさかのうえのおおいらつめ)と離れて暮らす寂しさから「早く帰り、あなたに会いたい」という旨の歌を贈っていますが、同時にその地で多くの歌が生まれてもいます。

 

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それらはいずれも深い情愛と豊かな感性を思わせる、三十六歌仙の名に恥じない作品ばかりです。

 

 

大伴家持の有名和歌・代表作【20選】

 

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ここからは、大伴家持のおすすめ和歌を20首紹介していきます!

 

大伴家持の有名和歌【1〜10首

 

【NO.1】

『 振り仰()けて 若月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも 』

【意味】空をふり仰ぎ三日月を見ると、一目見ただけのあの方の眉が思い出される。

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家持が16歳の時に詠んだ歌と言われています。

ただ一度出逢った相手のはずが、その美しさに月夜に思い出されるほど印象に残っている、言い回しからは彼の繊細な感性と淡い恋心が伝わってきます。

歌中に出てくる眉引き(まよびき)とは、眉毛を抜いた後に眉を墨で描くことを言い、肌を美しく見せる効果があったそうです。眉毛を抜いていた理由としては、顔に塗った白粉が、眉毛があることによって浮いてしまうのを防ぐためだったそうです。白い肌に墨で描かれた眉毛のコントラストは、まさしく夜に浮かぶ三日月のように見えたのかもしれません。

【NO.2】

『 夏山の 木末(こぬれ)の繁に ほととぎす 鳴き響(とよ)むなる 声の遥けさ 』

【意味】夏の山の梢の繁みで鳴くほととぎすの声が響き渡っている。その声が遠く遥かにまで聞こえる。

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ほととぎすは夏の代表的な渡り鳥として知られており、その渡来によって夏の訪れを告げています。万葉集で最も多く詠まれた動物でもあり、当時の人間にとって身近な存在であったことが窺い知れます。

【NO.3】

『 春の野に あさる雉(きぎし)の  妻恋(つまごひ)に 己(おの)があたりを 人に知れつつ 』

【意味】春の野で餌をあさっている雉が、妻恋しさに鳴き立て、その居場所を漁師に知らせてしまっている。

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「雉も鳴かずば撃たれまい」という諺がありますが、その由来となった人柱伝説の一つに「ものいへば 長柄の橋の橋柱 鳴かずば雉のとられざらまし」という歌が出てきます。「余計なことを言わなければ災いが起きることもない」「鳴いてしまったばかりに」と憐れむ表現として今も昔も使われる雉ですが、その理由がまた妻恋しさにと歌う家持の作品ではより物悲しさを覚えます。

【NO.4】

『 春の野に 霞たなびき うら悲し この夕かげに  鶯鳴くも 』

【意味】春の野に霞のたなびく様が物悲しく思われる。夕暮れの光の中、鶯が鳴いている。

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この歌は、万葉集で名歌と言われる「春愁三首」、あるいは「絶唱三首」と呼ばれる内の一つです。一般的に春は朗らかで温かみを感じる表現に思えますが、家持は「うら悲し」と悲哀を詠み、抱いた感情を歌っています。

【NO.5】

『 うらうらに 照れる春日に ひばり上がり 心悲しも ひとりし思へば 』

【意味】春の陽の照る中、雲雀が空に舞い上がる。一人物思いに耽っていると何とも悲しく思えてくる。

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春秋三首の一つで、先述の歌同様、春の雰囲気と相反して「心悲しも」と詠んでいます。こうした悲哀を詠んだ家持の歌は万葉集では異質だったそうですが、その繊細な描写からは得も言われぬ感情が読み手にまで伝わってくるようです。

【NO.6】

『 我が屋戸(やど)の いささ群竹(むらたけ) ふく風の 音のかそけき この夕へかも 』

【意味】私の家の小さな竹の茂みへと吹く風が、その葉を揺らし微かに鳴らす。その音の聞こえるこの夕方であることよ。

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「かそけき」は「幽けき」と書き、今にも消え入りそうな、淡く仄かな様を表す言葉です。家持の歌はこの「幽けき」物悲しさを扱った歌が多く、風が竹の葉を揺らす状況からもその風情が伝わってくるようです。また、この歌も「春愁三首」の呼ばれる歌の一つです。

 

【NO.7】

『 鵲(かささぎ)の 渡せる橋に おく霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける 』

【意味】鵲が翼を連ねて架けた橋に、天の川に散らばった星の群れの白い様を見ると、すっかり夜が更けたものだと感じる。

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「鵲の渡せる橋」は、中国の七夕の伝説に出てくる、天の川の上に架けられる橋を、「おく霜」は天の川に散らばる星を指します。

百人一首で知った方も多いであろうこの歌ですが、魅了された歌人も多かったそうで、寂蓮は「かささぎの 雲のかけはし 秋暮れて 夜半には霜や さえわたるらむ」と詠み、他にも藤原定家らが本歌取りをしていたことが分かっています。

【NO.8】

『 一重のみ 妹(いも)が結ばむ 帯をすら 三重結ぶべく 我が身は成りぬ 』

【意味】あなたが巻いてくれたなら一重で間に合うであるのに、三重に巻けてしまうほどに痩せてしまった。

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大伴坂上大嬢に贈った十五首ある恋の歌の内の一つです。恋人の帯を結ぶことで愛を確認する風習のあった当時、相手を想うあまり恋を煩い、一度巻けば済む筈の帯が三重に巻かなければならないほどに痩せてしまったと詠んだ歌です。

【NO.9】

『 吾妹子(わぎもこ)が 形見の衣 下に着て 直に逢ふまで われ脱かめやも 』

【意味】愛しいあなたの形見の衣を下に着て、直接お会いする日までどうしてこの衣を脱ぐことが出来るでしょう。

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こちらも家持が坂上大嬢に贈った歌の一つです。ここでいう形見は遺品ではなく、相手を思い出させるお守りのような意味合いを持ちます。遠く離れた地に出向いた配偶者のため、形見の品を贈り、贈られた者が着用する習わしがあったそうです。離れていても大嬢と共にありたいという家持の愛情の強さが感じられる歌です。

【NO.10】

『 忘れ草 わが下紐に 着けたれど 醜(しこ)の醜草 言にしありけり 』

【意味】恋心を忘れようと忘れ草を着物の下紐に付けたけれど、役に立たない名ばかりの草であった。

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かつて恋仲にあった大嬢への恋心を忘れ去ろうとしたもののそれは叶わず、忘れることが出来なかったと復縁を思わせる内容の歌です。この時8年もの間交流が途絶えていたそうですが、後に二人の仲は再燃することとなります。

大伴家持の有名和歌【11〜20首

【NO.11】

『 春の苑 紅にほふ 桃の花 した照る道に 出で立つをとめ 』

【意味】春の庭園は紅色が匂うように美しく咲いている。桃の花の色が照り輝く道に出てたたずむ乙女よ。

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春の庭園に広がる愛らしい桃の花、道々を照らすその色彩は鮮やかで絵画を思わされます。そこに佇む少女の姿はきっと、天女のような可憐さを持ち合わせていたのではないでしょうか。

【NO.12】

『 あしひきの 木の間立ち潜く ほととぎす かく聞きそめて 後恋ひむかも 』

【意味】木立の間を潜り飛ぶほととぎす。こう初音を聞いてしまっては待ち焦がれるようになるであろうか。

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鳥や虫のその季節の最初の鳴き声を「初音(はつね)」と言い、夏の訪れを告げるその声は春の鶯と並び人々から待ち望まれていました。どうやら家持も初音に魅了された一人であったようです。

【NO.13】

『 人も無き 国もあらぬか 吾妹子(わぎもこ)と 携ひ行きて 副(たぐ)ひてをらむ 』

【意味】どこかに人の居ない国は無いものであろうか。あなたと手を取り、寄り添って暮らしたいものだ。

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夫婦であろうとも相手の手を取り歩くことは許されず、また恋愛沙汰は他者の関心を引いて直ぐに噂となる時代であったため、人目を憚らずに寄り添い暮らしたいという、募る思いを感じさせる歌です。

【NO.14】

『 鶏が鳴く 東男(あずまおとこ)の 妻別れ 悲しくありけむ 年の緒長み 』

【意味】東男が妻と別れることは悲しかったであろう。それもまた長い年月を。

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家持は防人の監督に携わっていた時期があり、東国から派遣された防人たちの、愛する妻と離れて遠地に赴くその悲しみにこの歌を詠んだと言われています。大嬢から贈られた形見の衣を文字通り肌身離さず身につけていた家持だからこそ、彼らの心痛はきっと誰よりも理解出来たことでしょう。

【NO.15】

『 なでしこが 花見るごとに をとめらが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも 』

【意味】なでしこの花を見る度、彼女の笑顔の美しさが思い出されてならない。

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家持が越中国へ赴任した際、庭に咲くなでしこの花を見て詠んだ歌と言われています。時同じくして詠んだとされる長歌も残されており、そこには妻・大嬢と離れて暮らす寂しさ、恋しさが綴られています。5年もの年月を一人で過ごす苦しみにせめてもの慰めをと、美しく花のような妻に見立てたなでしこを植え、会える日を心待ちにしていたというエピソードが残っています。

【NO.16】

『 この見ゆる 雲ほびこりて との曇り 雨も降らぬか 心足らひに 』

【意味】こうして見えている雲が一面に広がり、雨が降ってくれないものだろうか、足るまで。

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干ばつにより田畑が枯れかけている中、ようやく見えた雨雲に家持は雨乞いの歌を詠んでいます。その長歌に添えたものが上記の歌です。干ばつなど気象起因の問題や天災は統治する人間の責任と言われていた時代のため、家持のプレッシャーは計り知れないものだったと予想されますが、その後無事に雨は降ったと言われています。

【NO.17】

『 相見ては 幾日も経ぬを ここだくも 狂ひに狂ひ 思ほゆるかも 』

【意味】逢ってからそう日にちも経っていないと言うのに、こんなにも狂ったかのようにあなたが恋しく思われる。

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自然を相手にした短歌でのその情景描写は、硝子細工のように繊細で儚さを感じさせますが、こと恋となったこの歌ではまさに「狂ひに狂ひ」とばかりに情熱的な表現が目立ちます。家持の愛に真摯な性分が窺え知れます。

【NO.18】

『 卯の花も いまだ咲かねば ほととぎす 佐保の山辺に 来鳴き響す(きなきとよもす)

【意味】卯の花もまだ咲いていないというのに、ほととぎすは佐保の山辺にやって来ては鳴き立てている。

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ほととぎすは卯の花が咲くと共にやって来ると言われており、現に歌人に人気のあったこの組み合わせは家持以外にも詠われています。思いがけない時期にほととぎすの渡来を知り、喜びを抱いた家持が目に浮かぶような歌です。

【NO.19】

『 珠洲(すず)の海に 朝開(あさびら)きして 漕ぎ来()れば 長浜の浦に 月照りにけり 』

【意味】珠洲の海に朝早く舟を出し漕いで戻って来ると、長浜の浦に着く頃にはもう月が照っていた。

短歌職人
能登半島にある珠洲から越中国府へ帰るまでの船旅の歌です。読み手にも浮かぶその情景の中、家持は一体何を思いながら舟に揺られていたのでしょうか。

【NO.20】

『 新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)

【意味】新年を迎え、初春の今日に降る雪のよう、良い事も多く積もれよ。

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この歌を詠むきっかけとなった日は、年の改まりと立春の重なった日でありました。それだけでも十分におめでたいことなのですが、新年に雪が降ることはその年の豊作を予兆すると考えられており、まさにその日は雪の降るおめでたいことばかりの元旦だったと言われています。そんな良年祈願の歌が、万葉集では最後の座を飾っています。

 

以上、大伴家持が詠んだ有名和歌20選でした!

 

 

短歌職人
今回は、大伴家持が詠んだ和歌20首をご紹介しました。
彼の短歌は、私たちの過ごす忙しない日常を変える、見落としていた視点を教えてくれているような気がします。
足を止め、天に地に風に目を向け、夜には想いを、朝には願いを馳せ、自らの感情を指で優しく撫でるような、そんな穏やかなこれからが見えて来るような気がします。