みなさんは有名な夏の短歌といえば、どんな短歌を思い出しますか?
夏の風物詩や風景、暑さの伝わる歌、涼し気な歌、長い年月の間にさまざまな歌が詠まれてきました。
歌人の個性や時代の違いで、同じ夏が舞台でも、いろいろ違った味わいがあります。
今回は夏をテーマにした有名和歌と明治以降の近代・現代の有名短歌をご紹介します。
夏の有名短歌集【昔の歌人の句(和歌) 15選】
まずは昔の短歌をご紹介していきます。
昔の短歌とは、いわゆる「和歌」と呼ばれている万葉集・古今和歌集・新古今和歌集の時代に作られた短歌のことです。
ここでは特に有名な夏の短歌をピックアップしご紹介します。
※(旧暦の夏は現在の4月~6月ごろですが、今回はそれに限らず夏らしさのある歌も選んであります)
【NO.1】よみびとしらず(古今和歌集・伊勢物語)
『 さつき待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする 』
意味:五月を待って咲く花橘の香りをかぐと、昔親しくしていた人が袖に薫(た)きしめていたお香の香がして懐かしいことだ。
【NO.2】在原業平(伊勢物語)
『 暮れがたき 夏の日ぐらし ながむれば そのこととなく ものぞ悲しき 』
意味:暮れてゆくのが遅い夏の日。一日中ぼんやり物思いにふけっていると、なんということもなく、もの悲しいものです。
※「日ぐらし」は一日中の意。「ながむれ」はぼんやり物思いにふけること。
※「そのこととなく」はなんということもなくの意。
※「ものぞ悲しき」は、何となく悲しい、もの悲しいの意。
【NO.3】額田王(万葉集)
『 あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る 』
意味:紫草の栽培されている野を行って、御領地へも行きながら、野の番人が見はしないでしょうか。あなたが袖を私に振っているのを。
※「あかねさす」は赤い色がさして、美しく照り輝く意の枕詞。「日」「昼」「紫」「君」などにかかる。「標野」は標をたてた、一般人が入れない領地のこと。「野守」は領地の番人のこと。
【NO.4】大海人皇子(万葉集)
『 紫草の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに 我恋ひめやも 』
意味:紫草のように美しく艶やかなあなたのことを嫌と思っているのなら、人妻なのに恋慕えるでしょうか。(ですが恋慕うことはありませんよ)
※「紫草」は根っこが紫色で染料になり、夏に白い花が咲く。「にほへる」は美しく艶やかという意。「やめも」は、~しようか、いや~しない、の意。
【NO.5】僧正遍昭(古今集)
『 蓮葉の にごりに染まぬ 心もて なにかは露を 玉とあざむく 』
意味:蓮の葉は泥の中に生えて、その濁りに染まらない清らかな心を持っているというのに、どうして葉の上の露を真珠と見せて人をあざむくのでしょうか。
※「蓮葉」は、(はすちば)と読む。「なにかは」は、どうしてなのかの意。「玉」は宝石、真珠の意。
【NO.6】よみびとしらず(古今集)
『 ほととぎす 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな 』
意味:ほととぎすの鳴く五月に咲くあやめ草、その名のごとく物事の「あやめ(分別)も知らないような恋をしてしまった。
【NO.7】藤原俊成(新古今和歌集)
『 昔思ふ 草の庵の 夜の雨に 涙な添へそ 山ほととぎす 』
意味:夜に五月雨が降る草庵で昔のことを思い出している。山ほととぎすよ、涙がでそうだから、それ以上鳴かないでおくれ。
※「涙な添へそ」は涙を添えないで(泣かせないで)(鳴かないで)おくれ、の意。
【NO.8】西行法師(新古今和歌集)
『 道の辺に 清水流る 柳蔭 しばしとてこそ たちどまりつれ 』
意味:道のほとりに清水が流れている柳の木陰がった。少しの間と思い立ち止まりました(けれども、涼しさについゆっくりしてしまいましたよ)
【NO.9】持統天皇(百人一首)
『 春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山 』
意味:春が過ぎていつの間にか夏が来たようです。夏になると衣を干すという天の香具山に、真っ白な衣が干してあるのだから。
※「白妙の」(しろたえの)は白い布のこと。衣、袖、雪などにかかる詞。
【NO.10】清原深養父(百人一首)
『 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ 』
意味:夏の夜は短くて、まだ宵の口だと思っている間に夜があけてしまった。あの雲のどのあたりに月は宿っているのでしょうか。
【NO.11】大納言公任(百人一首)
『 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ 』
意味:滝の音が途絶えてずいぶん時がたちましたが、その名は流れ伝わって、今でもよい評判が聞えてくるようですよ。
【NO.12】崇徳院(百人一首)
『 瀬をはやみ 岩にせかかる 瀧川の われても末に 逢はむとぞ思ふ 』
意味:川の流れは速く、岩にせき止められた急流が、別れてもまたひとつになるように、今は離ればなれでも、また一緒になろうと(固く)思っているのです。
※「瀬をはやみ」は川の瀬の流れが速いので、の意。「せかかる滝川の」は、せき止められた滝の流れの(急な)の意。「われても」は、(水が)分かれてもと(思う人)と別れてもを表しています。
【NO.13】権中納言定家(百人一首)
『 来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もかがれつつ 』
意味:いくら待っても来ない人を待ちながら、松帆の浦の夕なぎのころに焼く藻塩のようにこの身も焦がれています。
※「松帆の浦」は淡路島の海岸〈松帆には(待つ)がかかっている。「焼くや藻塩の」はこの時代は海藻を焼いてから水に浸して塩を作っていました。
【NO.14】後徳大寺左大臣(百人一首)
『 ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる 』
意味:ほととぎすが鳴いた方を眺めると、ただ有明のつきがぽっかりと空に残っているだけでした。
【NO.15】紀貫之(拾遺和歌集)
『 夏山の 影をしげみや玉ほこの 道行き人も 立ちどまるらむ 』
意味:夏の山をあるいていたら、よく茂った木陰があった。道を行く人はみなここで涼もうと立ち止まるのだろうな。
※「玉ほこの」は道にかかる枕詞。
夏の有名短歌集【近代(現代)短歌 15選】
次に語感的にみなさんの感覚に近い現代短歌をご紹介します。
明治時代の歌人から、後半はガラッと変わって今どきらしい現代の短歌をご紹介しますのでぜひお楽しみください。
【NO.1】古泉千樫
『 いそぎつつ 朝は出てゆく 街角に 咲きて久しき 百日紅の花 』
意味:出勤で急いで出てゆく朝の街角に、もうだいぶん前から百日紅がきれいに咲いていますよ。
【NO.2】中村憲吉
『 山中の しづけき町に 蝉の音の 四方よそそぎて くれ入りにけり 』
意味:山の中の静かな町は、蝉の音がまるで降り注いでくるように四方から聞こえてきて、だんだん暮れていくのですね。
【NO.3】窪田空穂
『 めぐり逢う 一夜のはなの 真白花 ひたすらにして この夏も咲く 』
意味:また会えた、今夜一夜だけ咲く真っ白な花よ。この夏もひたすらに花咲かせている事よ。
【NO.4】北原白秋
『 青玉の しだれ花火の ちりかかり 消ゆる途上を 君よいそがむ 』
意味:青玉のしだれ花火が散って、今まさに消えようとしているところを君とみていますが、いそいで花火があがっている近くへ行きましょう。
※「いそがむ」は「急ごう」の意味です。
【NO.5】木下利玄
『 あつき日を 幾日も吸いて つゆ甘く 葡萄の熟す 深き夏かな 』
意味:暑い日の光を何日も吸い込んで、葡萄のつゆは甘く熟しています。季節は今、深い夏です。
【NO.6】樋口一葉
『 たち出でて いざ涼まばや 夕がほの 垣根に月も かかりそめにき 』
意味:表に出て、さあ涼みましょう。夕顔の咲く垣根越しの月も、今夜のこの風景は、今夜だけのものですから。
【NO.7】正岡子規
『 松蔭に わきて流るる 眞清水の 藻にすむ魚は 夏をしらじな 』
意味:松の木かげに湧く澄んだ湧き水の藻の中に泳いでいる魚は、夏を知らないように涼し気ですよ。
【NO.8】若山牧水
『 眼ざむるや さやかにそれと わきがたき ゆめに疲れし 夏のしののめ 』
意味:目が覚めて、すぐには夢だったと気付けないような夢に疲れたこの夏の夜明けです。
※「わきがたき」は区別がつかない意。「しののめ」は明け方、夜明けのこと。
【NO.9】島木赤彦
『 生れいでて 命短し みづうみの 水にうつろふ 蛍の光 』
意味:夜の湖。この世界に生まれ出ても、短命な蛍が水の表面をうつろうように、光を放っています。
【NO.10】石川啄木
『 ほとばしる 喞筒の水の 心地よさよ しばしは若き こころもて見る 』
意味:ポンプで汲んだ水が勢いよくほとばしって、なんと心地よいことか。しばらく若々しいような気持になって見ていましたよ。
※「喞筒」はポンプのこと。
【NO.11】永田和宏
『 噴水の むこうのきみに 夕焼けを かえさんとして われはくさはら 』
意味:ふりかえって噴水の向こう側をみると君がいるから、夕焼けの風景を君に返すために私は草原のほうへ行きましょう。
【NO.12】河野裕子
『 陽に透きて 今年も咲ける 立葵 わたしはわたしを 憶えておかむ 』
意味:陽の光に透けるような立葵が今年も咲いた。わたしはわたしを憶えておこう。
【NO.13】村木道彦
『 うめぼしの たねおかれたる みずいろの ベンチがあれば しずかなる夏 』
意味:梅干しの種が残されているみずいろのベンチがあれば、しずかなる夏です。
【NO.14】加藤治郎
『 午後からは 行き先不明の わたくしで メロンフローズン ころころと吸う 』
意味:午後から私は行き先不明となり、今メロンフローズンをころころと飲んでいます。
【NO.15】木下龍也
『 空を買う ついでに海も 買いました 水平線は 手に入らない 』
意味:空を買うついでに海も買いました。でも水平線は手に入りません。
以上、夏の有名短歌集でした!
夏の有名和歌・短歌はいかがでしたでしょうか?
時代の移り変わりとともに、短歌の表現はずいぶん変化してきました。
しかし、31文字で心に浮かんだ何かを表現するという様式はずっと引き継がれています。