【なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

 

古来より人々の心を映し、親しまれてきた「短歌」。「五・七・五・七・七」の三十一文字で、歌人の心情を歌い上げる叙情的な作品が数多くあります。

 

今回は、浪漫派の女流歌人として活躍した与謝野晶子の歌「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」を紹介します。

 

 

本記事では「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」の詳細を解説!

 

なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな

(読み方:なにとなく きみにまたるる ここちして いでしはなのの ゆうづきよかな)

 

作者と出典

この歌の作者は、「与謝野晶子(よさの あきこ)」です。彼女は女性の自由を歌った情熱の歌人として知られています。

 

 

鋭い自我意識に基づく斬新な歌風で、道徳観に縛られていた女性や少女たちから熱狂的な支持を受けました。

 

この歌の出典は、1901年に刊行された第一歌集『みだれ髪』です。満22歳という若き女性が歌う革新的な作品は、当時の歌壇に大きな衝撃を与えました。

 

現代語訳と意味(解釈)

この歌を現代語訳すると・・・

 

「なんとなく恋しい人が待っていてくれるような気がして、花の咲く野原に出てみると、空には美しい夕暮れの月が浮かんでいることでした」

 

という意味になります。

 

夜の帳が下りる頃、理由もなく外にでてしまうという衝動的な行動から、女性の抑えきれない恋心が伝わってきます。初々しい清純さと古典的な華やかさが調和する美しい歌です。

 

文法と語の解説

  • 「なにとなく」

「理由なく」「故由なく」を意味しています。この歌では「ここちして」を修飾するために用いられていますが、具体的な心情ではなく、「なんとなく」と淡い印象を持って一首をはじめています。

 

  • 「待たるる」

「待つ」の未然形「待た」+受身の助動詞「る」の連体形「るる」の形式です。「(私が)待たれている」という受動的な表現になります。「るる」の音の響きが美しく、この歌が持つ雅な雰囲気を引き立てています。

 

  • 「出でし」

「出ず(いず)」の連用形「出で」+過去の助動詞「き」の連体形「し」が接続した形です。「現れた」「出てきた」と訳します。

 

  • 「花野」

花々が一面に咲いている野を表す言葉です。古歌でもよく使われてきた言葉で、特に「秋の花」が咲き乱れる野という意味で使われてきました。秋の花といえば萩や桔梗など繊細な花が多く、そんな清澄な美しさをイメージさせる言葉でもあります。

 

  • 「夕月夜」

「ゆうづきよ」と読み、夕暮れに出ている月を表します。月の出が早いことから、光は弱く夜半に没するので、儚い雰囲気があります。そのため王朝貴族から愛され、歌に盛んに詠み継がれてきた言葉でもあります。

 

  • 「かな」

詠嘆の助動詞で、体言・連体形に接続します。「~だなぁ」「~ことよ」と余韻を持たせる効果があります。

 

「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、意味や内容、調子の切れ目を指します。歌の中で、感動の中心を表す助動詞や助詞(かな、けり等)があるところ、句点「。」が入るところに注目すると句切れが見つかります。

 

この歌では感動の中心を表す「かな」が最後にありますが、このように最後にある場合は句切れなしとなります。句切りなく詠むことで、幻想的な黄昏時を優雅な調べで歌い上げています。

 

倒置法

倒置法とは、語や文の順序を逆にし、意味や印象を強める表現方法です。短歌や俳句でもよく用いられる修辞技法のひとつです。

 

この歌でも本来の意味どおり文を構築すると・・・

 

「夕月夜の 花野に出でし」

(夕月が出ている夜に、花が咲き乱れる野に出てきてしまったことだ)

 

という語順になります。しかし、倒置法を用い「花野に出でし 夕月夜の」とすることで、「夕月夜」の淡い余韻が残る歌になっています。

 

「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」が詠まれた背景

 

この歌が収録されている『みだれ髪』といえば、「やわ肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君」のように、女性の自我や官能を率直に歌い上げる歌が多くあります。

 

対してこの歌には、「やわ肌の」のように情熱的な表現はなく、甘美な初々しさを漂わせています。それだけに心惹きつけられる方も多い歌です。

 

「花野」という言葉は、歌の世界では古くから秋を表す季語として用いられてきました。このことから、秋の草花が秋風に吹かれる物寂しげな趣きがあります。

 

その後に続く「夕月夜」からも秋の風情が感じられますが、実際に作者が詠んだ季節は「春」でした。

 

『みだれ髪』に収録されているこの歌の注釈には、「花野」は花が咲き乱れる春の野のことで、作者の造語であると書かれています。

 

さらに晶子自身も「月明りの美しい宵に、私は花の咲き乱れた野へほれぼれと出て来た。なんだか恋人が私を待つて居るやうな楽しい気分で出て来た」と述べています。

 

寒さが緩んできた春の宵、なんとなく心が弾むような季節に、乙女の心情を典雅なしらべで柔らかく歌い上げています。このように歌が詠まれた背景を理解すると、味わい方も違ってきますね。

 

「なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな」の鑑賞

 

夕暮れ時のまだ光が残るころ、空に上る月も野原一面に咲く花々の陰もおぼろげに見えています。

 

恋の甘い気分に誘われて、春の夜を満喫する女性。可憐に揺れる花に囲まれて立つ、乙女の姿が目に浮かんできます。

 

「花野」「夕月夜」など古典的な言葉がちりばめられているこの歌には、作者が幼少の頃から親しんできた王朝文学の優美さが感じられます。

 

「君」も古来の和歌集では、女性から男性に対して使われる語であり、恋い慕う相手を意味しています。女性である作者のほのかな恋心が詠みとれますね。

 

相手に会いたい初々しい胸のときめきを、「待たるるここち」と受身で表現することで、この時代の女性らしさが出ています。

 

実際の晶子は行動的な女性として知られていて、相手に待たれるどころか、気持ちのまま会いに行こうとする歌もあります。そんな彼女の歌の中では珍しく、恋を知り初めた女性の胸の高鳴りをロマンチックな名画のように表現した一首です。

 

作者「与謝野晶子」を簡単にご紹介!

(与謝野晶子 出典:Wikipedia)

 

与謝野晶子(1878年~1942年)は、明治から昭和にかけて活躍した女流歌人です。本名は与謝野(旧姓は鳳)志ようといい、ペンネームを晶子としました。

 

古典『新釈源氏物語』の現代語訳でも知られ、婦人運動の評論家として大正期の社会に大きな影響を与えています。

 

1878年、大阪府堺市の老舗和菓子屋の三女として生まれた晶子は、家業は没落しかけているものの、中流階級の家庭で育ったため、女学校にも通っています。

 

この頃から『源氏物語』など古典文学に親しみ、尾崎紅葉や樋口一葉など著名な文豪小説を読みふけりました。こうした幼い頃の経験は、後の与謝野晶子としての執筆活動に生かされることとなります。正岡子規の短歌に影響を受け、20歳の頃から店番を手伝いながら和歌を投稿しはじめます。

 

1900年に開かれた歌会で歌人・与謝野鉄幹と不倫関係になり、鉄幹が創立した文学雑誌『明星』で短歌を発表します。鉄幹の後を追い実家を飛び出した晶子は、上京の約2ヵ月後に処女歌集『みだれ髪』を刊行、女性の官能をおおらかにに歌い上げました。

 

1901年、妻子と別れた鉄幹と結婚し、34年間にわたる結婚生活でも彼一人だけを愛し続けました。「恋する女」だけでなく「働く女」でもあった晶子は、11人の子どもを育てながらも貧しい家計をささえるべく奮闘します。

 

作家として5万首の歌を残し、作家や評論活動など他領域の仕事を成し遂げました。

 

「与謝野晶子」のそのほかの作品

(与謝野晶子の生家跡 出典:Wikipedia