短歌は、日常の中で感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。
短い文字数の中で心を表現する短歌は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、葛原妙子の歌「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」をご紹介します。
2/26 早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ(葛原妙子) pic.twitter.com/JCyEqGbJ8C
— 食器と食パンとペン (@syokupantopen) February 25, 2014
本記事では、「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」の詳細を解説!
早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ
(読み方:そうしゅんの れもんにふかく ないふたつる おとめよすばらしき じんせいをえよ)
作者と出典
この歌の作者は「葛原妙子(くずはら たえこ)」です。
戦後短歌を代表する歌人の一人で、超現実主義短歌を推進していました。現代歌人協会発起人で、1949年に女人短歌会を創立したメンバーの一人でもありました。現実にはあり得ないことを表現の一つとしてさらりと詠む歌風があり、塚本邦雄からは「幻視の女王」、中井英夫からは「現代の魔女」とも呼ばれました。
また、出典は『橙黄』です。
1950年(昭和25年)11月5日に女人短歌会より発行、長谷川書房より刊行された、葛原妙子の第1歌集です。作者43歳にして初の歌集でした。戦時中の約1年の疎開生活と戦後5年の東京生活の中で詠まれた、495首の歌を収めています。この歌集が、葛原妙子の名が世に知られるきっかけとなりました。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌をあえて噛み砕いて書くと・・・
「早春のレモンに深くナイフを立てている少女よ、素晴らしい人生を送りなさい」
という内容になります。
意味としては難しいものではありませんが、使われている言葉やそれが選ばれた理由、そこに込められた気持ちに焦点を当てていくと、さらに深く歌の内容を読み取ることができます。
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「早春のレモンに」
「早春」は春の初めごろのことで、現在では3月ごろを指します。「レモン」はみなさんよくご存じの柑橘の果実のことです。レモンの収穫時期はだいたい10月頃からが一般的なので、「早春のレモン」はまだ若い早摘みのレモンを表しています。「に」は格助詞です。
- 「深くナイフ立つる」
「深く」は表面から奥までの距離が大きいという意味で、後に続く「ナイフ」の刃がレモンの深部まで刺さっていることを表しています。「立つる」は他動詞「立つ」の連体形です。古文動詞ですが、現代語でも「立てる」という意味です。
- 「をとめよ」
読むときに勘違いする方もいますが、「~を止めよ」ではなく「をとめ」「よ」です。「をとめ」は乙女、つまり年の若い女性を指します。「よ」は間投助詞で、呼びかけの意を表します。
- 「素晴らしき人生を得よ」
「素晴らしき」は形容詞「素晴らしい」の連体形で、後の「人生」を修飾しています。「人生」は辞書では【人がこの世で生きていくこと。 人の、この世に生きている間。 あるいは、この世で生きている間に経験することなど】とされています。「得よ」は動詞「得」の命令形です。
「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」の句切れと表現技法
句切れ
この歌は初句から結句までひと続きで詠まれていて、明確に「〇句切れの歌」ということはできません。
句切れなしという解釈もできます。しかし、意味としては4句目の「をとめよ/素晴らしき」の部分に区切りがあると考えられます。
字余り
字余りとは、「五・七・五・七・七」の形式よりも文字数が多い場合を指します。あえてリズムを崩すことで、結果的に意味を強調する効果があります。
3句目が5音になるところを「6音」に、4句目が7音になるところを「9音」にしています。
固有名詞の使用
特定された商品名や品種の名前ではありませんが、「レモン」というイメージの限られた名詞を使うことにより、読み手が具体的に想像しやすいものとなっています。
句またがり
句またがりとは、文節の切れ目を5・7・5の基本のリズムで切るのではなく、文節の意味が成立するところで区切ることを言います。
4句から結句にかけて「素晴らしき人生」という言葉がまたがっています。
また、初句から2句にかけての「早春のレモン」も、大きな言葉のまとまりと考えると、句またがりと捉えることもできます。
「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」が詠まれた背景
作者の葛原妙子は、この歌を詠んだ背景について取り立てて語ってはいません。しかし、彼女が自分の娘に向けて詠んだ歌だということは分かっています。
歌集の中で、この作品の前には次の歌が置かれています。
「をとめの日わが持たざりし堅忍を秘めつつかすかにまなこ燃えむか」
戦後、新しい時代を生きようとする娘のことを詠んでいます。
そして続く「早春の…」の歌。作者は娘に「新しい時代を颯爽と生きていきなさい」と、願いを込めて詠んだのかもしれません。
「早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ」の鑑賞
【早春のレモンに深くナイフ立つるをとめよ素晴らしき人生を得よ】は、これからの時代を生きていく少女に向けてのエール、はなむけの歌です。
早春のレモンは、まだ若い時期…青春時代を思わせます。若くてはつらつとしている、しかし若さゆえに傷つきやすい。レモンに「をとめ」の姿を重ねているようです。
その少女は、レモンにナイフを突き立てている。ただ切っているのではなく、「突き立てる」という少し過激な行動からは、少女の思い切りの良さや危うさが感じられます。そんな少女を見て、母親である作者は「素晴らしい人生を送りなさい」とエールを送ります。
今すぐではなくても、いつか自分のもとを巣立ってゆく娘。そこから先は、娘なりの人生を「ナイフ」によって切り拓いていくのでしょう。
作者「葛原妙子」を簡単にご紹介!
葛原妙子は1907年、東京都文京区に生まれました。
1939年に「潮音」に入社し、四賀光子の選を受けます。第二次大戦後から本格的に作歌活動を始め、1949年には「女人短歌会」創立メンバーとなりました。1981年に歌誌「をがたま」創刊。1985年に亡くなりました(カトリックの洗礼名はマリア・フランシスカ)。
歌集には『橙黄』『縄文』『飛行』『薔薇窓』『原牛』『葡萄木立』『朱靈』『鷹の井戸』、遺歌集として『をがたま』があります。『葡萄木立』で日本歌人クラブ賞、『朱靈』で第五回迢空賞を受賞しました。歌集の他には随筆集『孤宴』があります。
葛原妙子の作品について、日常のうちに「見てはならぬものを視、聞いてはならぬものを聴きだし」と菱川善夫が語っており、また妙子自らも「表現の我儘についてゆるし得る限界」とする破調の歌に詠んでいます。
そんな歌風から、「現代の魔女」「球体の幻視者」「幻視の女王」などと称されています。
「葛原妙子」のそのほかの作品
- たちつくす真昼真日中いづこにか大き隕石落ちたるけはひ
- うすき幕に Fin の出づるたのしけれ人の死にたる映画なれども
- 棺に入る時もしかあらむひとりなる浴槽に四肢を伸べてしばらく
- 祈り知らぬわれの頭上に夜々青き星置く空の近づき止まず
- あらそひたまへあらそひたまへとわが呟くいのちのきはも争ひたまへ