【短歌の本歌取りとは】簡単にわかりやすく解説!意味や作り方・例文など

 

短歌は、【5・7・5・7・7】の31音で表現する定型詩です。日本独自のこの「短い詩」は、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。

 

そんな短歌には「本歌取り(ほんかどり)」という技法があります。

 

あまり聞きなれない言葉なので、「そもそも本歌取りって何?」「同じような和歌がいくつもあるのはなぜだろう…」といった方も少なくないと思います。

 

 

そこで今回は、短歌の「本歌取り」の意味や効果などについて簡単にわかりやすく解説します。

 

短歌職人
ぜひ参考にしてみてください!

 

短歌の本歌取りとは?簡単にわかりやすく解説!

 

本歌取りとは、古くからある有名な歌や、自分が好きな歌、オマージュしたい歌などを「本歌」として、その中の1句もしくは2句を取り入れて新しく歌を詠むという方法です。

 

<例> 短歌の本歌取りとは

新古今和歌集の歌「三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ」(紀貫之)

これは、万葉集にある歌「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも かくさふべしや」(額田王)

これを本歌としてつくられたものです。

 

上記の例を見ると、第1句と第2句が全く同じです。

 

歌の中に同じ言葉が一つや二つあっても、それだけで本歌取りとはいいません。本歌との間に密接な関係があってはじめて本歌取りと認められるのです。

 

こういわれると、「わかったようなわからないような…」という感じかもしれませんが、要するに「作者が意図的に、題材となる歌(本歌)を意識してつくっていて、読者にもそれが伝わる」のであれば、それは本歌取りの歌といえるでしょう。

 

 

本歌取りの意味や効果

 

何のために本歌取りをするのか・・・。

 

その答えは「本歌を背景にすることで、新しく作った歌に奥行きを生み出すことができるから」です。

 

本歌取りをして作られた歌は、本歌となった元の歌の雰囲気や印象を反映します。

 

読者が元の歌を知っていることが前提なので、読者は「元の歌の印象」をもったまま、新しい歌を読みます。そうすると、情景や心情が二重映しになります。

 

短歌職人
このことを利用して、より奥深い情趣を表現することをねらっているわけです。

 

本歌取りは「パクり/盗作」ではない

 

現代では、誰かの作品を勝手に引用したり真似したりして新しい作品をつくると、パクりや盗作と言われてしまいます。では、短歌の本歌取りはパクり・盗作なのか?

 

答えはNO(パクりや盗作ではない)です。

 

一番の違いは、詠み人だけでなく、歌を鑑賞する側も本歌を「知っている」必要があるということです。現代のパクりや盗作は「知られてはまずい」ことですので、ここが大きく違いますね。

 

実際のところ、本歌取りが用いられ始めた当初は批判的な意見もあり、「盗古歌(こかをとる)」という人もいました。一方で、本歌取りを表現技法として評価する声も多く、本歌取りは和歌を詠む人の中で流行っていきました。しかし、そのうちただの模倣やパロディ作品が出回るようになりました。

 

そんな風潮を見て、『小倉百人一首』の撰者である藤原定家は、本歌取りの原則を以下のようにまとめて弟子に伝えました。

 

(藤原定家の肖像画 出典:Wikipedia

 

<藤原定家が提唱した本歌取りの原則>

  • 本歌と句の置き所を変えないで用いる場合には2句以下とする
  • 本歌と句の置き所を変えて用いる場合には2句+3・4字までとする
  • 著名歌人の秀句と評される歌を除いて、枕詞・序詞を含む初2句を本歌そのままの表現で用いるのは許容される
  • 本歌とは主題を合致させない
  • 本歌として採用するのは、三代集・『伊勢物語』・『三十六人家集』から採るものとし、(定家から見て)近代詩は採用しない

 

要するに、「本歌からとるのは2句程度にしよう」「本歌とは違うテーマで詠もう」「最近の作品を本歌にするのはやめよう」…といったことですね。

 

短歌職人
本歌取りの手法は『新古今集』以後は廃れていきますが、現代でも「オマージュ」という表現方法は身近にあふれています。

 

本歌取りを用いたおすすめ有名短歌【3選】

 

【NO.1】清原元輔

『 契りきな かたみに袖をしぼりつつ 末の松山浪越さじとは 』

【現代語訳】誓いましたよね。涙に濡れた袖を絞りながら、末の松山を波が越すことがないように、ふたりの思いも変わることはないと。

短歌職人
百人一首に収められている歌です。この歌の本歌は古今集にある「きみをゝきてあだし心をわが持たば 末の松山浪も越えなん」という歌です。「あなたをさしおいて もしもわたしが浮気心を持つならば、末の松山を波が越えてしまうでしょう」という内容ですが、末の松山は丘なので、そもそも波が越えることはあり得ません。なので「浮気なんて絶対ないよ」という歌です。これを本歌としてつくられた清原元輔の歌は、「そう約束していたのになぜ…」と突っ込んでいるわけです。

 

【NO.2】二条院讃岐

『 わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らね乾く間もなし 』

【現代語訳】潮が引いたときでさえ水面に見えない沖の石のように、人は知らないでしょうが、わたしの袖は乾く間もないのです。

短歌職人
この歌のもととなったのは和泉式部の歌「わが袖は水の下なる石なれや 人に知られで乾く間もなし」です。「わたしの袖は水の中の石でしょうか。人に知られることもなく、乾く間もないのですから」これが本歌ですが、二条院讃岐が作った歌のほうが人からの評価は高かったようです。讃岐はこの歌をきっかけに「沖の石の讃岐」というニックネームで呼ばれるようになったそうです。

 

【NO.3】藤原定家

『 春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空 』

【現代語訳】春の夜の、浮橋のようなはかなく短い夢から目が覚めたとき、山の峰に吹き付けられた横雲が、左右に別れて明け方の空に流れてゆくことだよ。

短歌職人
この歌の本歌は2つあると考えられます。壬生忠峯が詠んだ「風ふけば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君か心か」と、周防内侍が詠んだ「春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ」です。それだけでなく、定家の歌にある「夢の浮橋」は源氏物語の最終帖のタイトルから取った言葉です。「ほぼ本歌の言葉だけでできている歌」というほどの作品ですが、定家はそれをうまく構成して歌を作ったのです。定家の歌には感情を表す言葉が入っていませんが、本歌に込められた感情・虚しさが反映されているので、読者にはそれが感じられるのですね。

 

さいごに

 

この記事では、短歌の「本歌取り」について解説しました。

 

本歌取りとは、現代でいう「オマージュ作品」であり、「元の作品の心情や雰囲気を反映させた新しい作品を生み出す表現技法」だということがお分かりいただけたでしょうか。

 

百人一首などでなんとなく詠んでいた一首が、実は本歌のある歌かもしれません。背景にある本歌を知ることで、より深く味わうことができそうですね。

 

短歌職人
興味のある方は、本歌取りの歌について調べてみてくださいね。