短歌は、日常の中の出来事を通して感じたことや考えたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。
短い文字数の中で心を表現するこの「短い詩」は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」をご紹介します。
焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き
(俵万智『チョコレート革命』より) pic.twitter.com/fkZPyXp66L— 大白小蟹 (@ROIHOS) May 30, 2016
本記事では、「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」の詳細を解説!
焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き
(読み方:やきにくと ぐらたんがすきと いうしょうじょよ わたしはあなたの おとうさんがすき)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
短歌界ではもちろん短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言って過言ではないほど有名な歌人です。
分かりやすい言葉選びは誰にでも親しみやすく、それでいて日常を切り取る切り口が斬新で、作品の数々は今も多くの人の心を掴んでいます。
また、出典は『チョコレート革命』です。
『サラダ記念日』(1987年)、『かぜのてのひら』(1991年)に続き、1997年5月に出版された俵万智の第3歌集です。不倫を思わせる「許されない恋の歌」が多数収められていることが話題となり、36万部を売り上げました。1998年6月にはNHK BS2でドラマ化されるなど、歌集にとどまらず俵万智の名をさらに世の中に示す1冊となりました。
現代語訳と意味 (解釈)
「焼肉とグラタンが好き」と言う女の子。その女の子を見る主人公は「あなたのお父さん」…つまり、少女の父親のことが好きなのです。
収められている歌集『チョコレート革命』では、許されない恋(不倫)を描いた作品が数多くあります。「焼肉と…」の歌もその一首なのだとわかります。
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「焼肉とグラタンが好きという」
「焼肉」と「グラタン」、ともに若者や子どもに人気のある食べ物ですね。「好き」のあとに格助詞「と」があり、そこまでの部分が引用であることが示されています。会話文や台詞に使う「」(かぎかっこ)はありませんが、「焼肉とグラタンが好き」の部分がその後の「いう」の内容であることが分かります。
- 「少女よ」
「少女」は、現代では10歳くらいから成人前の未婚の女性を広く指します。多くの読者は小・中学生くらいの女の子を思い浮かべると思います。作者もそのあたりの年齢の子を想定していると考えられます。「よ」は間投助詞で、呼びかけの意味を表しています。
- 「私はあなたのお父さんが好き」
「私」はこの歌の主人公のことです。「あなた」は先ほどの「少女」のことを指しています。その少女+格助詞「の」、「お父さん」と続くので、「お父さん」は少女の父親を指しています。接続助詞「が」に続く「好き」という言葉。私(主人公)からお父さん(少女の父親)への好意があることを示しています。
「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」の句切れと表現技法
句切れ
句切れとは、歌の中の大きな意味の切れ目のことです。
この歌は3句切れの歌です。
初句から3句にかけて「少女が焼肉とグラタンが好きと話しているようす」が描かれています。ここで視点が切り替わり、4句と結句では主語が私(=主人公)になります。そして、「あなたのお父さんが好き」という主人公の想いが明らかになります。
固有名詞の使用
特定された商品名ではありませんが、「焼肉」「グラタン」というイメージの限られた名詞を使うことにより、読み手が具体的に内容を想像しやすくなっています。
字余り
2句目が「7音」となるところを「8音」にしています。
しかし、これは表現的な効果を狙ったわけではなく、「グラタン」という言葉を使用したいためと思われます。
また、3句では5音になるところを「6音」に、4句と結句も、ともに7音となるところを「8音」にしています。
どの部分でも、定型に収めるよう言葉を変えることは可能ですが、作者は推敲の上で「少女」ではなく「少女よ」、「父親」ではなく「お父さん」といった言葉選びをしているのでしょう。
「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは第3歌集の『チョコレート革命』です。作者が28歳~34歳の間に詠んだ作品が収められています。
この歌が実体験なのか、完全なるノンフィクションなのかは議論が分かれるところですが、作者は歌集『チョコレート革命』のあとがきで次のように説明しています。
恋の歌については、「ほんとうにあったことなんですか?」ということを、しばしば聞かれる。(中略)確かに「ほんとう」と言えるのは、私の心が感じたという部分に限られる。その「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく。短歌は、事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい。
(出典:『チョコレート革命』164~165頁より)
そっくりそのままの体験をしたとは言わないけれど、「全く身に覚えがない話ではない」ということですね。
どこかでこんな光景を見かけたり、友人の話から想像を膨らませたりということもあるようです。短歌には作者が「思うこと・感じること」が表されるので、俵万智さんは「私の心が感じたという部分は本当」と言っています。
「焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き」の鑑賞
【焼き肉とグラタンが好きという少女よ私はあなたのお父さんが好き】は、無邪気な少女の好物と大人の不倫の恋を対比させて歌った歌です。
この歌が収録されている『チョコレート革命』には不倫をテーマにした歌の連なりがあり、「焼肉と…」の歌もその一つでしょう。
焼肉とグラタン…いかにも子供が好きそうなメニューです。それを「好き」という少女の無邪気なようすが伝わってきます。一方、主人公の「好き」は「あなたのお父さん」に向けられた許されない感情。大人の恋をしている主人公の感情が静かに詠みあげられています。
この主人公が「少女」の母、つまり「あなたのお父さん」の妻であったなら、ほっこりとした愛の歌とも言えるでしょう。その解釈も決して間違いではありません。しかし、もしそうであれば「娘」ではなく「少女」という言葉を使っていることが引っかかります。
恋の相手の男性、「あなたのお父さん」には妻がいるのか、はたまたシングルファーザーなのか。少女と主人公の関係性はどのようなものなのか。そもそもどのような状況で、少女と主人公は話をしているのか…。想像の余地は幾分にもありますね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。
会話を活かした口語定型の分かりやすい歌が特徴で、一般読者の共感を広く呼んでいます。
1962年に大阪府門真市で生まれ、13歳で福井に移住。その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集は260万部を超えるベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。また1996年6月から毎週日曜日読売新聞の『読売歌壇』の選と評を務めています。2019年6月からは西日本新聞にて、「俵万智の一首一会」を隔月で連載しています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら