現代のように気軽に旅行ができなかった奈良時代や平安時代でも、多くの人が旅をしていました。
神社や仏閣へのお参りや、温泉に入りに行く旅、仕事のため任地へ向かう旅など様々ですが、昔の旅は長期にわたり安全も保障されていないため、旅立ちに際して別れを惜しみ涙する人も大勢いました。
今回はそんな「別れや旅立ちのシーン」で詠まれた有名な和歌を20首紹介します。
別れをば
山の桜にまかせてむ
留とめむ留めじは
花のまにまに古今和歌集393より引用 pic.twitter.com/uBtsz7LUEt
— ささはら (@sasa_097) March 3, 2017
別れ・旅立ちを詠んだ有名和歌【前半10首】
【NO.1】大伴家持
『 あしひきの 山の黄葉に しづくあひて 散らむ山道を 君が越えまく 』
【意味】山の紅葉にしずくが付いて散る山道をあなたは越えて行くのだね。
【NO.2】詠み人知らず
『 あしひきの 片山雉 立ち行かむ 君に後れて うつしけめやも 』
【意味】片山のキジが飛び立つようにあなたに旅立たれて、どうして私は落ち着いていられましょうか。
【NO.3】大伴家持
『 君が行き もし久にあらば 梅柳 誰れとともにか 我がかづらかむ 』
【意味】君の旅がもし長引くなら、梅や柳を誰と一緒に髪に飾ればいいのだろうか。
【NO.4】椋橋部弟女
『 草枕 旅の丸寝の 紐絶えば 我が手と付けろ これの針持し 』
【意味】旅の途中で草を枕に眠る時に着物のひもが切れたなら、私の手だと思ってこの針を持ってください。
【NO.5】若舎人部広足
『 難波津に み船下ろすゑ 八十梶貫(やそかぬ)き 今は漕ぎぬと 妹に告げこそ 』
【意味】難波津に船を浮かべてたくさんの梶で漕ぎ出していったと妻に伝えておくれ。
【NO.6】有渡部牛麻呂
『 水鳥の 立ちの急ぎに 父母に 物言ず来にて 今ぞ悔しき 』
【意味】水鳥が飛び立つように急いで旅立って父母に何も言わずに来たことが今更悔しい。
作者は急に旅に出ることになり、慌てて家を出てしまったのでしょう。古代の旅は危険なもので、無事に帰れるかは分かりません。旅路で両親のことを思い、言葉を交わしておけばよかったと悔やまれたのでしょう
【NO.7】在原業平
『 立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む 』
【意味】別れて因幡へ旅立ちますが、因幡の山の峰に生える松のように、あなたが待っていると聞いたならすぐに帰ります。
【NO.8】蝉丸
『 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関 』
【意味】これがあの、都から出ていく人も帰る人も、顔見知りもそうでない人も別れては出会う逢坂の関なのだな。
【NO.9】菅原道真
『 このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに 』
【意味】今回の旅は幣を用意するひまもなかった。神よ、手向山の美しい紅葉をお心のままに。
【NO.10】紀利貞
『 かへる山 ありとはきけど 春霞 立ち別れなば 恋しかるべし 』
【意味】「かえる山」があるとは聞きますが、春の霞の中でお別れするのは寂しいですね。
別れ・旅立ちを詠んだ有名和歌【後半10首】
【NO.11】源実
『 人やりの 道ならなくに おほかたは いきうしといひて いざ帰りなむ 』
【意味】人に命じられた旅ではないので普通はついて行きにくくて、さあ帰ろうと言うものですが。
【NO.12】良岑秀崇
『 白雲の こなたかなたに 立ち別れ 心をぬさと くだくたびかな 』
【意味】白雲があちらこちらに分かれるように、心を幣(ぬさ)のように裂いてしまう旅ですよ。
【NO.13】僧正遍照
『 山かぜに 桜ふきまき みだれなむ 花のまぎれに たちとまるべく 』
【意味】山の風に桜が吹かれて乱れれば良い。散った花に紛れてあなたが立ち止まるように。
【NO.14】幽玄法師
『 別れをば 山の桜に まかせてむ とめむとめじは 花のまにまに 』
【意味】別れは山の桜に任せましょう。止める止めないは花に任せて。
【NO.15】藤原兼輔
『 君のゆく こしの白山 しらねども 雪のまにまに あとはたづねむ 』
【意味】君が行った越の白山は知らないが、雪のままに足跡をたずねて行くよ。
【NO.16】詠み人知らず
『 限なく 思ふ涙に そぼちぬる 袖は乾かじ 逢はむ日までに 』
【意味】あなたを思う涙が限りなくこぼれて、濡れた袖は乾かないでしょう。再会する日までは。
【NO.17】源寵
『 朝なけに 見べき君とし たのまねば 思ひたちぬる 草枕なり 』
【意味】常には会えないあなたのことは頼みにしないで、思い立って旅に出ます。
【NO.18】中納言隆家
『 分かれ路は これや限りの 旅ならむ さらにいくべき 心地こそせね 』
【意味】お別れしたらこれが最後になる旅かと思うと行く気になれません。
作者には旅に出なければいけない事情があるのでしょうが後ろ髪引かれる思いでいます。旅立ちは行く方にとっても寂しく、もう会えなくなるかもしれない別れとなると足もつい止まってしまいます。
【NO.19】源重之
『 衣川 みなれし人の 別れには 袂までこそ 波はたちけれ 』
【意味】見慣れている衣川のように慣れ親しんだ人との別れは袂まで波が立ちます。
【NO.20】西行
『 さりともと なほ逢うことを 頼むかな 死出の山路を 越えぬ別れは 』
【意味】それにしても、また会うことを期待しますよ。死出の山道を越えない限りは。
どこに旅立っても誰と別れても、生き別れない限りはきっとまた会えるという歌です。離れた土地にいれば気軽には会えない時代ですが、お互い生きてまた会いましょうねと約束したような希望を感じます。
以上、別れ・旅立ちを詠んだ有名和歌20選でした!
別れや旅立ちを詠んだ歌は和歌集では「離別歌」や「羇旅歌(きりょか)」というジャンルに分けられ、「古今和歌集」や「新古今和歌集」で多く読むことができます。