【白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

詩や短歌、童謡の歌詞など、多彩な文学の才能で明治末期から昭和のはじめにかけて活躍した「北原白秋」です。

 

若き日の北原白秋は、青春の哀歓を瑞々しい言葉で抒情的に詠んだ短歌を多く残しています。

 

今回は北原白秋の処女歌集『桐の花』から「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」という歌をご紹介します。

 


 

本記事では、「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」の意味や表現技法・句切れについて徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」の詳細を解説!

 

白き犬 水に飛び入る うつくしさ 鳥鳴く鳥鳴く 春の川瀬に

(読み方:しろきいぬ みずにとびいる うつくしさ とりなくとりなく はるのかわせに)

 

作者と出典

この歌の作者は、「北原白秋(きたはらはくしゅう)」です。明治時代末期・大正時代・昭和10年代に活躍した歌人・詩人です。

 

また、この歌の出典は、大正2(1913)発刊、北原白秋の処女歌集『桐の花(きりのはな)』です。

 

この歌集には明治39(1906)から大正2(1913)までの歌をおさめています。

 

現代語訳と意味(解釈)

この歌の現代語訳は・・・

 

「白い犬が水に飛び込む美しさよ。春の川の瀬で鳥が鳴いている、鳥が鳴いていることだ。」

 

となります。

 

犬や鳥を詠むことで、生き生きとした朗らかな心の弾みが伝わってくる歌です。

 

文法と語の解説

  • 「白き犬」

「白き」は形容詞「白し」の連体形です。

 

  • 「水に飛び込るうつくしさ」

「に」は格助詞。「飛び入る」は、動詞「飛び入る」の連体形です。

「うつくしさ」は、形容詞「うつくし」の名詞化したものです。

 

  • 「鳥鳴く鳥鳴く」

「鳴く」は動詞「鳴く」の終止形です。

 

  • 「春の川瀬に」

「の」「に」は格助詞。「川瀬」は、川の、水の流れが浅くなっている部分を指します。

 

「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」の句切れと表現技法

句切れ

短歌の中の大きな意味の切れ目を句切れといいます。

 

この歌は、三句目「うつくしさ」と四句目「鳥鳴く鳥鳴く」で一旦意味が切れるため、「三句切れ」「四句切れ」の歌です。

 

歯切れよくリズムを刻み、弾むような調べの歌です。

 

字余り「鳥鳴く鳥鳴く」

短歌は、「57577」の定型で詠まれるのが一応の原則です。

 

しかし、この歌の四句は、「とりなくとりなく」の8音になっており、57587という構成になっています。このように、定型より字数の多いものを「字余り」といいます。

 

体言止め

体言止めとは、文の終わりを体言、名詞で止めて余韻を残す表現技法です。

 

この歌は、上の句を「うつくしさ。」と体言止めにしています。

 

形容詞の語幹に「さ」をつけると、形容詞は名詞化します。つまり、「うつくしさ」はうつくしい様子といった意味の名詞になります。

 

上の句で「白き犬水に飛び入るうつくしさ。」と体言止めで切ることで、犬の動きから鳥の声へと歌の中の視点を転換するきっかけを作っています。

 

反復(リフレイン)

反復法(リフレイン)とは、同じ語句を繰り返すことで感動を強める表現技法です。しらべを生き生きとさせるのにも役立ちます。

 

今回の歌は「とりなくとりなく」と繰り返してあえてリズムを崩すことで、躍動感あるエネルギーを表現しています。

 

倒置法

倒置法とは、文の中で普通とは言葉の並びをあえて逆にして配置し、印象を強める表現技法です。

 

この歌は、四句と結句のところで倒置がおこっています。

 

普通の語の並びでいえば「春の川瀬に鳥鳴く鳥鳴く」となるところを、「鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」としています。

 

倒置法を用いることで、にぎやかな晩春の川辺の風景を印象的に表現しています。

 

「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」が詠まれた背景

 

この歌は、歌集『桐の花』の第一章「銀笛哀慕調」のなかの連作「春」の中の一首です。

 

北原白秋は、この歌集の中で第一章に先立って「桐の花とカステラ」という歌論のようなエッセイを書いています。

 

以下に、「桐の花とカステラ」の一節をご紹介します。

 

「短歌は一箇の小さい緑の古宝玉である、古い悲哀時代のセンチメントの精(エツキス)である。(中略)私は無論この古宝玉の優しい触感を愛してゐる。(中略)私はその完成された形の放つ深い悲哀を知つてゐる。かの小さな緑玉(エメロウド)の古色は(中略)やるせない魂(たましひ)の余韻を時としてしんみりと指の間から通はすだけの事である。」

(現代語訳:短歌は、一つの小さい古びた緑の宝石のようなものだ。古くから、悲哀や感傷的な情緒が中心となって詠まれてきたものである。私はもちろん、この古い宝石のような、優しい短歌の数々を愛している。完成された短歌が、深い悲哀をもつことを知っている。小さなエメラルドを時折指でもてあそんで鑑賞して心を慰めるように、短歌も、言葉にしきれないやるせない心の奥底の思いをつづってせめてもの慰めとするものである。)

 

白秋にとって、短歌を詠むということは、生きてあることの哀しみを慰める一つの術でもあったのです。

 

「白き犬…」を含む連作短歌も、青春の愁い、恋の苦しみといったものを詠った哀切な歌が並びます。

 

その中に、「春の川瀬」を詠った歌が二首、並んであります。

 

ゆく水に赤き日のさし水ぐるま春の川瀬にやまずめぐるも

(現代語訳:流れる水面に赤い夕日が映り、春の浅い瀬の中で水車がとどまることなく回り続けている。)

白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に

(現代語訳:白い犬が水に飛び込む美しさよ。春の川の瀬で、鳥が鳴いている、鳥が鳴いていることだ。)

 

一首目は、回り続ける水車、二首目は水に飛び込む犬・鳴く鳥、といった躍動的なものが詠みこまれています。歌の調子も明るく、春という光あふれる季節らしい朗らかな弾んだものとなっています。

 

それまでの哀切な調子の歌から、一転明るい歌に変わるのです。

 

愁いある思いを詠ったものが多い中に明るい歌が配置されることで、陰翳のある春の賛歌としてこれらの歌をとらえることができます。

 

「白き犬水に飛び入るうつくしさ鳥鳴く鳥鳴く春の川瀬に」の鑑賞

 

白い犬が川に飛び込んでしぶきをあげ、さかんに鳥がさえずる、にぎやかで躍動感のある一首になっています。

 

春の穏やかな川辺の様子を詠んだ明るい雰囲気にみち、水に飛び込む犬と鳴きかわす鳥が鮮やかに対比され、映画のワンシーンを見るような映像的なイメージも豊かです。

 

また、句切れと「鳥鳴く鳥鳴く」という繰り返しによって、歯切れのよい、ポンポンと弾むようなリズムが生まれ、朗らかな心の弾みが表現されています。

 

作者「北原白秋」を簡単にご紹介!

(北原白秋 出典:Wikipedia)

 

北原 白秋(きたはら はくしゅう)は、福岡県出身の詩人、歌人です。白秋は10代から名乗り始めた雅号で、本名を隆吉(りゅうきち)といいます。明治18(1885)の生まれで、実家は江戸時代は商家、白秋が生まれたころは酒造業を営む裕福な家でした。

 

10代半ばに文学に目覚め、雑誌『明星』の抒情的な詩や短歌に傾倒しました。旧制中学を退学して上京、明治37(1904)早稲田大学英文科予科に入学します。早稲田大学では、同郷の歌人の若山牧水や、歌人の中林蘇水と親しくなります。このころ、白秋ではなく射水という号も使っていたことから、牧水、蘇水とともに「早稲田の三水」とも呼ばれました。雑誌『明星』を発行していた新詩社に明治39(1906)に参加、与謝野鉄幹・晶子夫妻、石川啄木らとも親交を深めました。

 

象徴主義に興味を持ち、西洋的な趣味ももちながら、明治41(1908)には新詩社を脱退、パンの会に入り、その中心人物となります。パンの会とは、明治の末期に、若手の芸術家が集った集まりです。

 

明治42(1909)には雑誌「スバル」の創刊に参加しました。同じ年に発行された処女詩集『邪宗門』は官能的、唯美的な詩風が話題となり、その4年後の大正2(1913)の処女歌集『桐の花』も、感傷的情緒にあふれたロマンチックな歌風で歌壇に衝撃を与えました。

 

福岡の実家の破産、人妻とのスキャンダルの末の結婚と離婚など、私生活は波乱続きでしたが、そのような人生の荒波も北原白秋の詩作、歌作に生かされていくこととなります。

 

二度の結婚と離婚を経たのち、三度目の妻との間には子どもも生まれて、生涯の伴侶となりました。

 

詩人、歌人としてだけではなく、作詞家としても大きな功績を持ち、「からたちの花」や、「あめふり」など、いまだに歌い継がれる北原白秋作詞の歌も少なくありません。

 

晩年は糖尿病、腎臓病に悩まされ、療養しながらも創作意欲は衰えませんでしたが、昭和17(1942)57歳で逝去しました。

 

「北原白秋」のそのほかの作品

(北原白秋生家 出典:Wikipedia

 

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