従来の短歌の概念を覆すカジュアルな表現で、若い世代をも魅了した現代短歌の先駆者「俵万智」さん。
まるで日常会話の延長のように短歌を詠む彼女のスタイルは、当時の歌壇にも大きな衝撃を与えました。
今回は彼女の代表作ともいえる「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」をご紹介します。
7月6日は【サラダ記念日】
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日。サラダたべよー🍽 pic.twitter.com/dO6B27xwEX
— 大和猫 (@yamatokotobacat) July 5, 2017
本記事では、「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の意味や表現技法・句切れについて徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の詳細を解説!
この味が いいねと君が 言ったから 七月六日は サラダ記念日
(読み方:このあじが いいねときみが いったから しちがつむいかは さらだきねんび)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。現在も歌人や小説家、エッセイストとして多方面で活躍しています。話し言葉やカタカナを取り入れた自由奔放な表現で、読む人の心を掴みました。
この歌は教科書でも取り上げられている歌なので、一度は耳にしたことがある方も多いでしょう。
この歌の出典は、1987年に刊行された第一歌集『サラダ記念日』です。
俵万智「サラダ記念日」
様々な恋や普段気にも留めない心の機微が日常の言葉にのせ歌われる。無駄な言葉や表現をそぎ落とす。そうして出来た短歌は研ぎ澄まされいて、心を打つ。
○思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ/ただ君の部屋に音をたてたくてダイヤル回す木曜の午後○ pic.twitter.com/QAsrB7GI9n— ヒロキ@読書垢 (@ookami24102) November 16, 2016
この歌がタイトルにもなった『サラダ記念日』は、発売されるやいなや280万部のベストセラーとなりました。異例の売れ行きを見せ、現在でも版を重ね店頭に並べられている歌集です。
それまでの短歌の古びたイメージを覆すかのように、斬新な手法と親しみやすい表現で詠まれた作品は、当時の若い世代までも魅了しました。
若い女性のストレートな恋愛の歌と、バブル時代の軽やかな雰囲気がマッチし、社会現象まで巻き起こします。
現代語訳と意味(解釈)
この歌の解釈は・・・
「私が作ったサラダを食べて「この味がいいね」とあなたが褒めてくれたから、今日7月6日は「サラダ記念日」にしよう」
となります。
普段の料理を恋人に褒められて、パッと華やぐ女性の笑顔が目に浮かびます。
この歌には、古い時代の和歌や短歌に使われていた「文語」ではなく、現在の話し言葉である「口語」で詠まれています。そのため現代語訳の必要はありませんので、そのままの意味で解釈しましょう。
文法と語の解説
特にありません。
「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の句切れと表現技法
句切れ
句切れとは、一首の中の大きな意味の上での切れ目です。普通の文でいえば句点「。」がつくところで切れます。少し間合いを取って読むところになり、リズム上の切れ目であるともいえます。
この歌の句切れはありませんので、「句切れなし」となります。
何気ない日常のワンシーンを、さらりと途切れることなく詠んでいます。現代短歌では切れ字を使うことが少ないため、句切れなしの歌が多いのが特徴です。
体言止め
体言止めとは、文末を助詞や助動詞ではなく、体言(名詞・代名詞)で結ぶ表現方法です。文を断ち切ることで言葉が強調され、「余韻・余情を持たせる」「リズム感をつける」効果があります。
この歌も『サラダ記念日』と名詞で終わっているため、この後に続くであろう「命名した」「制定した」という部分が省略されています。
読み手に作者の心情や情景を想像させることで、言外に続く余韻を持たせています。
字余り
字余りとは、「五・七・五・七・七」の形式よりも文字数が多い場合を指します。
この歌も初句「しちがつむいかは」が七音で二音オーバーとなり、字余りとなります。
しかし不思議と違和感なく、リズム良く詠むことができます。
「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」が詠まれた背景
この歌を詠んだ背景について、俵万智本人が2014年にTwitter上で公開しています。それによれば、「七月六日はサラダ記念日」は、実体験を元に考案したフレーズでした。
ボーイフレンドに褒められた料理はサラダではなく、実際は「カレー味の唐揚げ」でした。いつもの唐揚げの味付けをカレー風味にアレンジしたところ、「この味がいいね」と褒められたそうです。
確かにこのエピソードを知ると、「が」と表現した彼の気持ちが伝わります。仮に「この味はいいね」だと、初めて食べたように感じられますが、「この味がいいね」となると何度か食べたことのある料理の中で違った感動を感じ取ることができます。
しかし、あえてサラダに変えたのは、「メインのおかずが美味しいのは当たり前で、ささやかな副菜を褒められることのほうが記念日になるのでは」と細やかな分析があったからでした。
また日付についても「七月でもなければ六日でもない」と告白しています。野菜が美味しい季節や、音の響き、雰囲気などを考慮するなど、緻密な言葉選びのもと生まれたのでした。
「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」の鑑賞
この歌は、事実に基づく内容ではないのかもしれませんが、作者の些細な恋のときめきが込められた爽やかな短歌です。
「この味がいいねと君が言ったから」と「七月六日はサラダ記念日」との間には直接的な因果関係がなく、作者がなぜ「サラダ記念日」としたのか明確な理由も描かれていません。
この歌を理解するためには、「君」が作者自身にとってどういった存在であったのか、どのような心情でこの歌が詠まれたのかを詠みとる必要があります。
「この味がいいね」と大切な人に料理を褒めてもらえたことに対し、「嬉しい」と感じた作者の気持ちをストレートに詠むのではなく、「サラダ記念日」という造語に置き換えられて表現しています。
何気ない日常風景の一言も大事にし、その時感じた喜びを心に留めておくため「記念日」という言葉で言語化する、俵万智の鋭い感性が感じられる秀歌です。
語呂合わせでもなんでもない、「大好きな人が美味しい」といってくれたから、今日という日を個人的な記念日にする。初夏のきらめきのようにまぶしい青春時代の恋の初々しさが、この歌が広く愛唱される所以でしょう。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
【波紋】俵万智氏 「日本死ね」を流行語に選考した理由を説明https://t.co/onaeRkG5Wf
「待機児童問題の深刻さを投げかけた。世の中を動かした」と説明。「こんな言葉を遣わなくていい社会になってほしい」とも語った。 pic.twitter.com/y3n1iQ5z8F
— ライブドアニュース (@livedoornews) December 11, 2016
俵万智(1962年~)は、大阪府門真市出身の歌人で、青春や恋愛をテーマに数々の短歌を発表しています。早稲田大学第一文学部に入学後、日本文学専修に進級。「心の花」を主宰している佐佐木幸綱に師事し、短歌を始めました。
1985年に大学を卒業すると、高等学校の国語教師として働くかたわら作品・歌集を発表します。1986年には『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞、新しい感性と斬新な表現で当時の歌壇を騒がせる存在となりました。
280万部を超えるベストセラー『サラダ記念日』の他に、『チョコレート革命』『プーさんの鼻』『オレがマリオ』など多くの歌集を発表しています。
彼女の作品は、従来の短歌とは違い口語調で軽やかに詠んだものが多く、若い世代の人々に短歌を親しませるきっかけとなりました。恋愛や青春といった共感性のあるものから、バブル景気の豊かな消費社会をユーモアたっぷりに詠んだものなど、口語短歌の裾野を一気に広げていきます。
その後も発表する作品は高い評価を得て、現代歌人協会賞、紫式部文学賞、若山牧水賞など数々の賞を受賞。現在も歌人としての活動のみならず、Twitter上にも日々の出来事を投稿しており話題を集めています。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- 来年の春まで咲くと言われれば恋の期限にするシクラメン
- 男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
- まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける
- 生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり