【ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

短歌は、作者が思ったことや感じたことを31音で表現する定型詩です。

 

5・7・5・7・7という短い文字数の中で心情を表現するこの「短い詩」は、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。

 

今回は、近現代短歌を語るには欠かせない歌人、「佐佐木幸綱」の一首「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」を紹介します。

 

 

本記事では、「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」の詳細を解説!

 

ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ

(読み方:じゃーじーの あせしむぼーる よこだきに われかけぬけよ われのおとこよ)

 

作者と出典

この歌の作者は「佐佐木幸綱(ささき ゆきつな)」です。

 

佐佐木幸綱は、1938年(昭和13年)生まれ。日本を代表する歌人の一人で、現代歌人協会の前理事長であり、短歌雑誌『心の花』主宰・編集長。早稲田大学の名誉教授でもあります。祖父は国学者で歌人の佐佐木信綱、また父の佐佐木治綱・母の由幾もともに歌人という家系に生まれ、自身の長男の佐佐木頼綱、次男の佐佐木定綱も歌人です。

 

また、この歌の出典は『群黎』です。

 

『群黎』は1970年に青土社より刊行された、作者の第1歌集です。「群黎(ぐんれい)」とは、もろもろの民、庶民のことです。この歌集は初版の装丁が面白く、函装で2分冊(2冊の歌集が箱に入っている)になっています。「I」は1ページ3首組で連作が多く、「II」は2ページ1首組、一首独立の歌が並んでいます。作者はこの歌集で第15回現代歌人協会賞を受賞しました。

 

現代語訳と意味 (解釈)

 

この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。

 

「(自分が着ている)ジャージが汗で濡れている。ボールにも汗が滲む。(その)ボールを横抱きにして、駆け抜けろ!私の中の「男」よ!」

といった内容になります。

 

この歌は、ラグビーの練習もしくは試合中の、汗いっぱいに疾走するシーンを描いた歌です。

 

文法と語の解説

  • 「ジャージーの汗滲むボール」

「ジャージー」…本来は天竺(メリヤス・編み地)の生地の呼び名ですが、体操服やスポーツウェアに使用されることが多いため、それらを指すことが一般的。

「汗滲む」…「汗」の後の助詞「が」を省略。「滲む」と書いて「しむ」と読みます。

「ボール」…この歌ではラグビーボール。

 

  • 「横抱きに吾駆けぬけよ」

「横抱き」…この言葉が、題材がラグビーであることを表しています。

「吾」…自分のこと。

「駆け抜けよ」…動詞「駆け抜ける」の命令形

 

  • 「吾の男よ」

「男」…自分の中の「男らしさ」を指しています。

 

「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」の句切れと表現技法

句切れ

句切れなし。現代短歌には句切れがない作品が多くありますが、特にこの歌は疾走感のある歌なので、句切れがないことがその疾走感を生み出す一要素となっています。

 

暗喩

暗喩とは、たとえの形式をはっきり示さずにたとえる方法のことで、隠喩とも言います。

 

この歌では「吾の男」が、「自分の内なる、本能的な男らしい部分」をたとえています。

 

「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」が詠まれた背景

 

作者の佐佐木幸綱さんは、代々国文学者で歌人という家系に生まれましたが、それゆえに中学・高校時代までは文学を好まなかったそうです。

 

中高ではバスケットボール部とラグビー部の両方に所属するスポーツマンでした。この歌はボールを「横抱き」にしているので、ラグビーの歌だと言うことがわかります。

 

佐佐木幸綱さんは、その歌風を「男歌」と称されています。これは『群黎』の解説で大岡信さんが、「佐佐木幸綱の歌を一言で形容するなら、《男歌》である。オトコウタであり、オノコウタである。」と書いたことに始まります。

 

いわゆる「男っぽさ」を前面に出した作品が多くあります。スポーツに関する歌は、他の歌人にあまり見られない「プレイヤー目線の歌」であることも面白いところです。こういったところから、佐佐木幸綱さんは自身の経験から「ジャージーの…」という歌を詠んだのだと考えられます。

 

ラグビーに関する歌については、のちにインタビューで次のように語られています。

 

「ラグビーにはメンタルな面はもちろんあるけれども、(作品として)表現するときにイメージするのは、フィジカルというか体のことになるんじゃないかな。駆け引きみたいなものが通用しない部分もありますからね」

(出典:日経電子版 2019年6月「W杯だ!ラグビーを語ろう」より)

 

プレイヤーだったからこそ知っている、肌の感覚や息遣い、熱さや高揚感を歌に詠むために、臨場感たっぷりの作品となっているのでしょう。

 

「ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ」の鑑賞

 

【ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ】は、ラグビーの試合の真っ最中、自分に喝を入れる場面を描いた歌です。

 

この作品以前にもスポーツを題材にした短歌はありましたが、この歌が注目されたのはやはり、今にも汗のにおいがしてきそうな臨場感にあふれている点でしょう。

 

題材となっているラグビーは、スポーツの中でも特に「激しい」「汗臭い」「男っぽい」といったイメージがあります。そんなスポーツを題材に、さらに面白いのが観戦者ではなくプレイヤーとしての視点だということ。競技中、まさに全速力で走っている自分に向けての強い呼びかけ。しかも、自分の中の「男」の部分に呼びかけているのです。冷静に考えてみると、自分の中の自分に命令しているというのは面白い構図です。

 

現代、令和の世の中では、「男らしさ」「女らしさ」という固定観念を良くないものだとする見方もありますが、この歌においては「男っぽさ」を前面に出しているところが良さなのではないでしょうか。

 

作者「佐佐木幸綱」を簡単にご紹介!

 

佐佐木幸綱は歌人であり、国文学者。1938年(昭和13年)に東京で生まれました。

 

祖父は国学者で歌人の佐佐木信綱、父は歌人の佐佐木治綱、母の由幾も歌人という代々歌人・国学者の家系に育ちましたが、中学・高校時代はバスケットボールやラグビーに熱中するスポーツ少年でした。

 

その後、早稲田大学第一文学部に入学。在学中に父が突然亡くなり、それをきっかけに「自らの内なる『短歌』」を発見し作歌を本格的に始めたそうです。祖父の創刊した『心の花』に参加(現在は幸綱本人が編集長)。在学中に現代短歌シンポジウムに提出した作品「俺の子供が欲しいなんていってたくせに! 馬鹿野郎!」が注目され、新進歌人の一人に数えられるようになりました。

 

早稲田大学第一文学部国文科を卒業し、同大学大学院修士課程に入学。修了後は、河出書房新社に入社しましたが、3年後に『文芸』の編集長を務めたことを最後に退社しました。

 

1971年、第1歌集『群黎』にて第15回現代歌人協会賞受賞。その後も、『金色の獅子』で第5回詩歌文学館賞、『瀧の時間』で第28回迢空賞、『旅人』で第2回若山牧水賞、『呑牛』で第10回斎藤茂吉短歌文学賞、『アニマ』『逆旅』で第50回芸術選奨文部大臣賞、『はじめての雪』で第4回山本健吉文学賞および第27回現代短歌大賞、歌集『ムーンウォーク』で第63回読売文学賞と、現代にいたるまで複数の賞に輝きました。

 

また、2002年には紫綬褒章を受章。2022年には旭日中綬章を受章しています。門下には俵万智、大口玲子など有名歌人が名を連ねています。

 

「佐佐木幸綱」のそのほかの作品

 

  • 川が流れて俺が流れて流されて今日を区切りの花束浮かす
  • 直立せよ一行の詩陽炎に揺れつつまさに大地さわげる
  • サキサキとセロリ噛みいてあどけなき汝を愛する理由はいらず
  • 言葉とは断念のためにあるものを月下の水のきらら否定詞
  • 俺らしくないなないないとポストまで小さき息子を片手に抱いて
  • のぼり坂のペダル踏みつつ子は叫ぶ「まっすぐ?」、そうだ、どんどんのぼれ