【寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

 

日本史上、数多くの和歌集が作られています。

 

かつては、天皇の命令によって、国家事業として歌集が編纂されていました。和歌は、昔の貴族にとっては余暇の楽しみではなく、必須の教養だったのです。

 

今回は、鎌倉時代に編纂された勅撰和歌集「新古今和歌集」の中の一首「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」をご紹介します。

 

 

本記事では、「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」の詳細を解説!

 

寂しさは その色としも なかりけり 槙立つ山の 秋の夕暮れ

(読み方:さびしさは そのいろとしも なかりけり まきたつやまの あきのゆうぐれ)

 

作者と出典

この歌の作者は「寂蓮(じゃくれん)」です。平安時代末期、鎌倉時代初期を代表する歌人で、僧侶でもありました。

 

この歌の出典は、『新古今和歌集』(巻四 秋上・364です。

 

『新古今和歌集』は、建仁元年(1201)の後鳥羽院の下命で編纂された勅撰和歌集です。

 

寂蓮は、『新古今和歌集』の撰者のひとりとなりましたが、下命のあった翌年に死去、編集作業には加わっていません。しかし、当時の歌壇でたいへん高い能力が認められた、歌の第一人者でした。

 

現代語訳と意味(解釈)

この歌の現代語訳は・・・

 

「秋の寂しさというものは、これといって目に見えてはっきりしたものから伝わってくるのではない。はなやかな紅葉もない、杉やひのきが茂る山の、秋の夕暮の寂しさが身に染みるよ。」

 

となります。秋の夕暮れの寂しく愁いある風情を詠んだ歌です。

 

文法と語の解説

  • 「寂しさは」

「寂しさ」形容詞「寂し」の名詞化。「は」は主格の格助詞です。

 

  • 「その色としもなかりけり」

「と」は格助詞。「しも」は強意の副助詞です。「なかりけり」は、形容詞「なし」の連用形「なかり」+詠嘆の助動詞「けり」の終止形です。

「色」というのは、「目に見えてはっきりわかるもの、様子」というようなニュアンスで、「寂しさはその色としもなかりけり」で、「寂しさというものは、これといって目に見えてはっきりわかるものから伝わってくるのではない」という意味になります。

 

  • 「槙立つ山の」

「槙」はスギやヒノキなどの常緑針葉樹のことです。

これは、秋の歌で、秋の樹といえば、通常は紅葉を詠むのがならわしです。しかし、そういった当たり前の秋の風物ではなく、地味なスギやヒノキといった木にも風情を見出しているのがこの歌の大きな特徴です。

 

  • 「秋の夕暮れ」

「の」は連体修飾格の格助詞です。

 

「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」の句切れと表現技法

句切れ

句切れとは、一首の中の大きな意味の上での切れ目です。普通の文でいえば句点「。」がつくところで切れます。少し間合いを取って読むところになり、リズム上の切れ目であるともいえます。

 

詠嘆を表す助動詞や助詞(けり、かな、も、よ など)のあるところ、用言の終止形、係り結びのあるところなどに注目していくことで句切れが見つかります。

 

この歌は三句目「なかりけり」の「けり」が詠嘆を表す助動詞の終止形であるため、ここで一旦意味が切れます。そのため、「三句切れ」となります。

 

体言止め「秋の夕暮れ」

体言止めとは、歌の終わりを体言、名詞で止める技法のことで、余韻を持たせたり、意味を強める効果があります。

 

「秋の夕暮れ」と名詞でこの歌を止めることで、秋の愁いある、わびしい雰囲気を余韻をもって読者に伝えています。

 

「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」の背景

 

『新古今和歌集』には、「三夕」(さんせき)と呼ばれる三首の有名な歌があります。

 

寂寞とした光景、愁いのある秋の夕暮れを詠んだ三首の歌で、どの句も「~けり」と三句で切れ、結句が「秋の夕暮れ」となっている歌です。

 

さびしさはその色としもなかりけり 真木立つ山の秋の夕暮れ【寂蓮法師 秋上・361】

(意味:秋の寂しさというものは、これといって目に見えてはっきりしたものから伝わってくるのではない。はなやかな紅葉もない、杉やひのきが茂る山の、秋の夕暮の寂しさが身に染みるよ。)

心なき身にもあはれ知られけり 鴫立つ沢の秋の夕暮れ【西行法師 秋上・362】

(意味:世を捨て、法師となり、煩悩を捨てて無心となる私のような者にも、あわれな趣は身にしみて感じられるものである。シギが飛び立っていく秋の夕暮れの景色はあわれ深いものだ。)

見渡せば花も紅葉もなかりけり 浦の苫屋の秋の夕暮れ【藤原定家 秋上・363】

(意味:見渡してみると、美しく咲く花も見事な紅葉も見たらないことだよ。浜辺の粗末な漁師の小屋だけが目に映る、なんともわびしい秋の夕暮れであることよ。)

 

どの歌も、秋らしい風物や、いかにも歌の材料となりそうな華やかなものを排し、色彩の乏しい光景を描き出しています。

 

ありのままのつましい姿や素朴なもの、華やかならぬものにこそ風情を見出す美意識は、わびやさびといった感覚につながっていきました。

 

「寂しさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮れ」の鑑賞

 

この歌は、秋の愁いを繊細な感覚で詠んでいます。

 

秋の風物は、紅葉や風・虫の音・露など様々なものがありますが、作者はわかりやすい秋の風物をこの歌に詠みこんではいません。

 

作者は、「槙立つ山」に物寂しい風情を感じ取っています。

 

「槙」は、スギやヒノキなどのことです。常緑の針葉樹なので、季節によって大きく見た目が変化するようなものではなく、地味なものです。

 

秋らしい風情をはっきりと醸し出すものでなくても、秋の夕暮れの寂しさを感じ取ることができると作者は詠っているのです。

 

ありのままのつましい姿や、素朴なもの、華やかならぬものにこそ風情を見出す美意識が感じられます。

 

 作者「寂蓮」を簡単にご紹介!

(寂蓮 出典:Wikipedia)

 

寂蓮(じゃくれん)は、保延5(1139)没年建仁2(1202)と言われています。

 

藤原氏北家の流れを汲む家柄で、俊海という僧侶の子どもで、叔父に歌人の藤原俊成、いとこに藤原定家がいます。俗名(僧侶になる前の名前)は藤原定長(ふじわらのさだなが)といいました。

 

30代のころ僧侶になり、日本各地の歌枕(和歌に詠みこまれる名所)を旅したりしたようです。おじの藤原俊成の養子となり、俊成や定家らとともに、歌人として活躍しました。後鳥羽院からもその歌の才能は高く評価されています。

 

後鳥羽院下命による『新古今和歌集』の撰者に選ばれましたが、集の完成をまつことなく亡くなりました。

 

 「寂蓮」のそのほかの作品

 

  • 今はとてたのむの雁もうちわびぬ朧月夜の明けぼのの空
  • 思ひたつ鳥はふる巣もたのむらんなれぬる花のあとの夕暮
  • むらさめの露もまだひぬ槙の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮
  • 牛の子に踏まるな庭のかたつぶり角のあるとて身をば頼みそ
  • これや此のうき世のほかの春ならむ花のとぼそのあけぼのの空
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