戦後を代表する歌人に「宮柊二」が挙げられます。
自身の戦争体験をありのままに短歌で語った歌集「山西省」は戦争文学としても有名ですが、他にも戦後の生活や日本の風景を写生的に表現した秀逸な短歌が多くあります。
今回は、昭和時代に活躍した歌人「宮柊二(みや しゅうじ)」の有名短歌を20首紹介します。
奥阿蘇の日之影町の公園にひょっこりあった宮柊二の歌碑。 pic.twitter.com/U1kYlLTq
— 須藤歩実 (@ayumi_sudoh) January 6, 2013
宮柊二の人物像や作風
(宮柊二 出典:Wikipedia)
宮柊二(1912~1986)は大正から昭和を生きた歌人です。
故郷は新潟県魚沼市ですが20歳で上京、新聞販売店で住み込みで働きながら北原白秋に弟子入りし、短歌作りを学びます。そして1939年に27歳で日中戦争に出征し、約5年間戦場に身を置きました。
宮柊二は、はじめはロマン主義風な短歌を作っていましたが、戦争後は自分の体験をありのままに表現する【リアリズム】と、見たものをそのまま表現する【写実的な手法】で歌を作ることが多くなります。戦場体験の短歌を収めた歌集「山西省」は戦争文学としても評価が高い作品です。
戦後は積極的に歌集を発表しながら短歌結社に属さない歌人の活動を応援して、戦後短歌の指導者として多くの歌人を育てました。歌作りによって生を証明したい、作品を自分が生きた証にしたいという思いから彼が1953年に立ち上げた短歌会「コスモス」は現在まで活動を続けています。
一方で病を患い入退院を繰り返しながら、東京都三鷹市の自宅で急性心不全のため、74歳の生涯を閉じました。
(宮柊二記念館 出典:Wikipedia)
宮柊二の短歌には、どこか寂しく孤独なものが多くあります。しかし、体験をリアルに写実的に表現する彼の作品には、非常に美しい歌もまた多くあります。
宮柊二の有名短歌・代表作【20選】
宮柊二の有名短歌【1〜10首】
【NO.1】
『 淋しければ 山の狭間に 詮なくて 紫陽花の花を ちぎりてすてつつ 』
【意味】寂しいので山の狭間で仕方なく紫陽花の花をちぎって捨てている。
恋の苦しさを詠んだ歌で、「詮ない」は仕方がないといった意味です。寂しくやるせなくて、ただ山の狭間で無益に紫陽花をちぎる姿には、自分ではどうにもできない切なさが感じられます。
【NO.2】
『 空をゆく 花束を見れば さもしくなり 歯を鳴らすわれは 獣のごとく 』
【意味】空を行く花束を見れば見苦しく思って、私は獣のように歯を鳴らしている。
この歌では「花束」は恋心の象徴として使われています。もう手の届かない花束は失恋を意味していて、それを未練がましく見つめる自分が見苦しく、悔しくて虚しくて歯を噛みしめているという歌です。
【NO.3】
『 群鶏の 移りをりつつ 影しづけ いづれの鶏ぞ 優しく啼くは 』
【意味】鶏の群れの移ってゆく影が静かだ。どの鶏だろう、優しく鳴いたのは。
【NO.4】
『 つき放れし 貨物が夕光に 走りつつ 寂しきまでに とどまらずけり 』
【意味】つき放された貨物列車が夕日の光の中を走って、寂しいまでに止まらずに行く。
【NO.5】
『 鞍おかぬ 軍馬が背の 朝かげや 水のごと見ゆ 林の中に 』
【意味】鞍を置かない軍馬の背に当たる朝の光よ。林の中で水のように見える。
光が「水」のように見えるという表現一つで、軍馬の背中の毛がつやめき輝いている様子がありありと想像できます。また「軍馬」が馬の健康的でりりしい立ち姿を思わせます。
【NO.6】
『 目にまもり ただに坐るなり 仕事場に たまる胡粉の 白き塵の層 』
【意味】目をこらしてただ座るのだ。仕事場にたまる胡粉の白い塵の層を見ながら。
「胡粉(ごふん)」とは白色の顔料で、日本画や人形の肌の色などに使われます。粉をじっと見つめてただ座っている姿には疲れや孤独も感じられます。
【NO.7】
『 咲きそめし 百日紅の くれなゐを 庭に見返り 出征たむとす 』
【意味】庭に咲き始めた百日紅(さるすべり)の紅色を振り返り出征しようとする。
「くれなゐ」が鮮やかで印象的です。出征の日に、最後に振り返って庭の花を目に焼き付けていこうという歌で、もう家には帰れないかもしれないという思いが詠み込まれています。
【NO.8】
『 おそらくは 知らるるなけむ 一兵の 生きの有様を まつぶさに遂げむ 』
【意味】恐らくは誰にも知られることもない一兵の生きざまを完全に遂げよう。
【NO.9】
『 ねむりをる 体の上を 夜の獣 穢れてとほれり 通らしめつつ 』
【意味】眠る体の上を夜の獣が汚れて通っていくが通らせておく。
戦地での夜、恐らくは山の中で地面に寝ていると夜行性の小動物が体に上がって通っていったのでしょう。それを追い払う気力もないほどに疲れきっているという歌です。
【NO.10】
『 稲青き 水田見ゆと ささやきが 潮となりて 後尾へ伝ふ 』
【意味】稲の青い水田が見えるとささやきが潮となって後尾へ伝わる。
宮柊二の有名短歌【11〜20首】
【NO.11】
『 夕べより 青みどろなす 空のいろ うつそみ 響く 青きそのいろ 』
【意味】夕方から青みどろの空の色だ。体に響くほどの青いその色よ。
【NO.12】
『 こゑあげて 哭けば汾河の 河音の 全く絶えたる 霜夜風音 』
【意味】私が声を上げて泣くのに、汾河の川の音は全く聞こえない霜夜の風音よ。
【NO.13】
『 あかつきに 風白みくる 丘蔭に 命絶えゆく 友を囲みたり 』
【意味】明け方に白い風が吹く丘の陰で、死のうとする友を囲んでいる。
【NO.14】
『 一本の 蝋燃しつつ 妻も吾も 暗き泉を 聴くごとくゐる 』
【意味】一本のろうそくを燃やしながら、妻も私も暗い泉を聴くように居る。
【NO.15】
『 うつうつと 汗ばむ吾が身 熱あれば 悲しき顔に 河童寄り添ふ 』
【意味】うつらうつらと汗ばむ体に熱があって、悲しい顔に河童が寄り添っている。
【NO.16】
『 おとろへし かまきり一つ 朝光の 軌条のうへを 越えんとしをり 』
【意味】衰えたカマキリが一匹朝の光の当たるレールの上を越えようとしている。
【NO.17】
『 蝋燭の 長き炎の かがやきて 揺れたるごとき 若き代過ぎぬ 』
【意味】ろうそくの長い炎が輝いて揺れるような若い時代は過ぎた。
【NO.18】
『 静かなる 冬に入るとぞ 水透きて 鱗の型の 川底の砂 』
【意味】静かな冬が来ると水は澄んで、川底の砂はうろこの形になる。
【NO.19】
『 朝の日を 金に堰きつつ 庭若葉 うち繁りたり その陰の青 』
【意味】朝の日を金色に堰(せ)き止めて庭の若葉は茂っている。その葉の陰の青色よ。
【NO.20】
『 あたらしく 冬きたりけり 鞭のごと 幹ひびき合ひ 竹群はあり 』
【意味】新しい冬がやってきた。竹やぶは幹が鞭(むち)のように響き合っている。
冷たい風にあおられて竹がしなって揺れ、ぶつかり合って音を立てる様子が詠み込まれています。「鞭」は音と同時に冬の寒さを表現していて、鞭で打つように厳しい、けれども身が引き締まるような寒さを表します。
以上、宮柊二が詠んだ有名短歌20選でした!
短歌はとても短い詩ですが、読むことで作者が見ていた情景を追体験することができます。
宮柊二の短歌に興味を持ったという人は、ぜひ彼の歌集「群鶏」や「山西省」「日本挽歌」などを読んでみてください。
ここでは紹介しきれなかった優れた歌にたくさん出会うことができるでしょう。