自然の美しい風物や、風雅な趣を楽しむことを『花鳥風月』と言います。
その言葉のとおり、月は古くからもっとも美しいものとして、私たち日本人に親しまれてきました。
月は、自然の美しさや心の機微を詠む短歌にとって、ぴったりなテーマのひとつと言えるでしょう。
また、日本だけではなく、世界中の国でその美しさをうたった詩や月を題材にした文学が生み出されています。
今回は、飛鳥時代の昔から現代までの『月をテーマにした有名短歌』をご紹介します。
月をテーマにした有名短歌【昔の短歌(和歌) 15選】
まずは、昔の短歌から有名なものを10つご紹介します。
【NO.1】柿本人麻呂(万葉集)
『 ひむがしの 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月かたぶきぬ 』
意味:東の野に陽炎(かげろう)が立つのが見えて振り返ってみると、月は西に傾いてしまった
【NO.2】柿本人麻呂(万葉集)
『 あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも 』
意味:日は照らしているけれど、(皇子が)夜空を渡る月(つき)のようにお隠れになったことが惜しいことです。
【NO.3】崇徳院(風雅和歌集)
『 見る人に 物のあはれをしらすれば 月やこの世の鏡なるらむ 』
意味:見る人に“もののあはれ”を知らせるとすれば、月とはこの世の鏡なのだろうか。
【NO.4】猿丸大夫(古今和歌集)
『 夕月夜 さすや岡部の 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな 』
意味:夕月夜の岡の松の葉のように、いつも変わらない恋をするものだ。
【NO.5】紀貫之(出典不明)
『 弾く琴の 音(ね)のうちつけに 月影を 秋の雪かと 驚かれつつ 』
意味:弾いている琴の音を聞いているうちに、月の光をまるで秋の雪のように思って、驚いた。
【NO.6】阿倍仲麻呂(百人一首)
『 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも 』
意味:空を仰ぎ見ていると月が出ている。あの月は、故郷である春日の三笠山に出ているものと同じなのだなあ。
【NO.7】大江千里(百人一首)
『 月見れば ちぢに物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど 』
意味:月を見ると、色々な思いがこみあげてきて悲しくなる。私ひとりのための秋ではないのに。
【NO.8】清原養父(百人一首)
『 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらん 』
意味:夏の夜は、まだ暗くなってきたばかりかと思えば、すぐに明るくなってしまった。今頃どの雲を宿にして眠っているのだろうか、あの美しい月は。
【NO.9】紫式部(百人一首)
『 めぐりあひて 見しやそれとも 分かぬまに 雲隠れにし 夜半の月かな 』
意味:せっかく久しぶりに会えたのに、それがあなただとわかるかどうかの間に帰ってしまわれた。まるで雲間に隠れてしまう夜半の月のように。
【NO.10】赤染衛門(百人一首)
『 やすらはで 寝なましものを 小夜明けて かたぶくまでの 月を見しかな 』
意味:あなたがいらっしゃらないとわかっていたら、ためらわずに寝てしまっていたのに。お待ちしている間に夜が明けて、月が傾いていくのを見てしまいましたわ。
【NO.11】藤原道長(出典不明)
『 この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば 』
意味:この世界は(まるで)私のためのものであるように思う。満月に欠ける部分がないように、私は完全に満ち足りているからだ。
【NO.12】後徳大寺左大臣(百人一首)
『 ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる 』
意味:ホトトギスが鳴いたと思ってそちらを眺めてみると、そこには、ただ有明の月が残っているだけでしたよ。
【NO.13】坂上是則(百人一首・古今和歌集)
『 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に ふれる白雪 』
意味:夜が白み始めたころ、有明の月の光はこんなにも明るいのかと思ったが、それは吉野の里にふった白い雪の明るさだったことだ
【NO.14】左京大夫顕輔(百人一首)
『 秋雲に たなびく雲の 絶えまより もれいづる月の 影のさやけさ 』
意味:秋風に吹かれてたなびく雲の切れ目から、もれ出てくる月の光の澄み切った美しさと言えばどうだろう!
【NO.15】西行法師(百人一首)
『 なげけとて 月やはものを 思はするか こち顔なる わが涙かな 』
意味:嘆きなさいと、月が私に物思いをさせるのだろうか。いや、そんなことはない。そう思っているのに、私の涙はどんどん流れていく、まるで月がそうさせているようかのように
月をテーマにした有名短歌【現代/近代短歌 15選】
ここからは、明治時代(近代)から現代に歌われた月を題材にした短歌についてご紹介します。
【NO.1】与謝野晶子(太陽と薔薇)
『 秋の空 冷たき水の 中に立つ うら悲しさを 語る月かな 』
意味:秋の空に浮かぶ、冷たい水の張った水面に映っているその月は、なんとはなしに悲しさを語っている
【NO.2】与謝野晶子(佐保姫)
『 青白し 寒しつめたし もち月の 夜天に似たる しら菊の花 』
意味:青白くて、寒くて冷たい満月が出ている夜空に似ているわ、この白菊の花は。
【NO.3】与謝野晶子(青海波)
『 夕月の ひかりの如く めでたきは 木立の中の 月読の宮 』
意味:木立の中に建っている月読の宮は、夕方の月が照らし出す光のようにめでたいことだ。
【NO.4】正岡子規(出典不明)
『 月てらす 梅の木の間に たたずめば わが衣手の 上に影あり 』
意味:月明かりに照らされている梅林の間にたたずめば、袖の上には影が落ちていることだ。
【NO.5】正岡子規(出典不明)
『 聖霊(しょうりょう)の 帰り路送る 送り火の もえたちかぬる 月あかりかな 』
意味:亡くなった先祖を送る送り火が、月あかりの明るさに燃え立ちかねているようだ。
【NO.6】正岡子規(出典不明)
『 何見ても 昔ぞ忍ぶ 中んづく 墨田の夏の 夕暮れの月 』
意味:何を見ても、昔のことを思い出してしまうような、墨田で過ごした夏の夕暮れの月だ。
【NO.7】若山牧水(山桜の歌)
『 湯けむりの 立ちおほひたる 谷あひの 湯宿を照らす 春の夜の月 』
意味:春の夜の時が、湯煙の立つ谷合いの温泉宿を照らしている。
【NO.8】齋藤茂吉(ともしび)
『 わがこころ いつしか和み あかあかと 冴えたり月の のぼるるを見たり 』
意味:私の心はいつしか和んでいる、赤々と冴えわたった月がのぼってゆくのを見ると。
【NO.9】齋藤茂吉(赤光)
『 鶏頭の 古りたる紅の 見ゆるまで わが庭のへに 月ぞ照りぬる 』
意味:色あせてしまった鶏頭の赤い花がよく見えるまで、私の庭のそばに月明かりが照ってきていることだ。
【NO.10】石川啄木(一握の砂)
『 あめつちに わが悲しみと 月光と あまねき秋の 夜となりけり 』
意味:この世界のすべてに、私の悲しみと月の光とが満ち溢れているような、そんな秋の夜になってしまった。
【NO.11】樋口一葉(出典不明)
『 打ちなびく 柳をみれば のどかなる 朧月夜も 風はありけり 』
意味:ぼんやりとのどかに見える朧月夜も、柳が揺れているのをみると、風が吹いているということがわかります。
【NO.12】中村憲吉(出典不明)
『 そとに出て 月に立てれば 夏の雲 明るき空を 近く飛べるも 』
意味:外に出て月面に立つことができたなら、夏の雲や明るい空を近く飛ぶことができるのになあ。
【NO.13】島木赤彦(出典不明)
『 大の月 海の上からまんまろく まろびいづれば 吾泣かむとす 』
意味:大きな月が、海の上からまんまるに転がり出てきたので、私は泣きそうになってしまった。
【NO.14】伊藤左千夫(出典不明)
『 かへらんと おり立つ庭の 草むらに こほろぎ鳴いて 月薄雲る 』
意味:そろそろ帰ろうかと庭に下り立ってみると、草むらにはころおぎが鳴き、月が薄雲に覆われてしまった。
【NO.15】渡辺松男(寒気氾濫)
『 月読に 途方もなき距離 照らされて 確かめにいく ガスの元栓 』
意味:月の明かりが、思いがけないほどの距離を照らしており、その月あかりに照らされながら、ガスの元栓があるかを確めにいく。
以上、月を詠んだ短歌20選でした!
月ははるか昔から現代まで、私たちの生活に深く寄り添い、さまざまな感情を呼び起こしてくれるものです。
ご自分で短歌を作るときにも、月を題材にするといいかもしれません。