短歌は、5・7・5・7・7の31音で思いや考えを表現する定型詩です。
日本特有の短い詩は、『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、河野裕子の歌「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」をご紹介します。
文藝春秋88人の最期の言葉
歌人 河野裕子さん「長生きして欲しいと 誰かれへつつつひにはあなたひとりを数ふ」
大事な人には長生きして欲しい
死者は生者の記憶の中でしか生きられない
切ない歌ですが、これが真の愛情なんじゃないかと思う
— みかん (@HiromiGmil) March 26, 2016
本記事では、「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」の詳細を解説!
長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ
(読み方:ながいきして ほしいとだれかれ かぞえつつ ついにはあなた ひとりをかぞう)
作者と出典
この歌の作者は「河野裕子(かわの ゆうこ)」です。
戦後を代表する女性歌人で、平成の与謝野晶子とも呼ばれました。自身の私生活、恋愛や家族のことを詠んだ歌が多く、特に 同じく歌人である夫・永田和宏さんと交わした相聞歌は何百首も残されています。乳がんと闘病の末、2010年に亡くなりました。
また、この歌の出典は『蟬声』です。
蟬声は作者の没後、2011年に青磁社より刊行された歌集です。表題の読みは『せんせい』で、夫の永田和宏、息子の永田淳、娘の永田紅の3人が編集しました。歌集は2部に分かれており、第1部には2009年4月~2010年8月号に雑誌に発表した作品、第2部には本人が手帖に書き残した作品および家族が口述筆記した作品が収められています。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は、古い仮名づかいを用いてはいますが、現代語で詠まれている歌です。
現代風の言い回しにすると・・・
「長生きしてほしいと思う人を、あの人この人と数えていたけれど、ついにあなた一人を数えるだけになった。」
といった内容になります。
これは、一番最後に「あなた」を数えたということではなく、何人もの人を思い浮かべたけれど最終的に「あなたひとり」だけを数えたということ。つまり、「あなた(=夫/永田和宏)」にだけは長生きしてほしいという強い思いを詠んでいます。
一昨日、一気読みした。2回目 やはりウルウルする。
いい夫婦だな~ 信頼しあって、愛し合って、惚れ抜いていたうらやましい夫婦だ
永田和弘「歌に私は泣くだらう ― 妻・河野裕子闘病の十年」 pic.twitter.com/iyB6JYojUG— NFUMIAKI (@f_nagata) May 12, 2015
文法と語の解説
- 「誰彼数えつつ」
「誰彼」…あの人この人というように、特定しない複数の人を指しています。
「数えつつ」…動詞「数える」+接続助詞「つつ」。「つつ」は動作の反復・継続を意味します。繰り返し数え続けていたということを表しています。
- 「つひには」
「つひに(ついに)」…とうとう、しまいに、といった意味の副詞です。長い時間ののちに、最終的にある結果に達したことを表します。
- 「あなたひとりを数ふ」
「あなた」…この歌では、作者の夫である永田和宏さんのことを指しています。
「数ふ」…「数ふ」は動詞「数える」の文語形です。
「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」の句切れと表現技法
句切れ
この歌に句切れはありません。
字余り
初句が5音になるところを6音にしています。また、2句も7音となるところを8音にしています。表現の効果を狙ったわけではなく、「長生き」「誰彼」といった言葉が入ることで自然に字数が増したと考えられます。
句またがり
初句から2句にかけて「して欲しい」、という言葉がまたがっています。現代短歌において、句またがりは頻繁に見受けられます。
「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」が詠まれた背景
作者である河野裕子さんは、晩年は乳がんを患い、2010年に64歳で生涯を閉じています。
「長生きして…」の歌は、亡くなる2日前に詠まれたものです。自宅での緩和ケアを望んだ河野さんは、このときすでにものも食べられず手も動かせない状態でした。しかし口からは自然に歌が漏れ、それを夫である永田和弘さんが書きとりました。この歌が生まれた場面は音声の録音が残されています。
最初は「誰彼と…」から詠み始めた河野さん。少しずつ出てくる言葉を聞き、夫の永田さんが「これとてもいい歌になると思うんだけど。順序をね、『長生きして欲しいと誰彼数えつつ ついにはあなたひとりを数う』というのはどうですか?」と提案して完成しました。
歌ができたとき、「つらいよそんなこと言ったら。」と言った永田さんでしたが、のちに「河野裕子の最後の願いを引きとって、長生きしなければと思う。この一首は、私のお守りのような一首となった。」(前掲書 新潮文庫版197、198頁)と語っています。
癌になってしまった河野裕子さんと、そんな妻をずっと側で支えてきた永田和宏さんの、十年に渡る闘病生活の手記。最期まで短歌で繋がる二人が切ないやら悲しいやら美しいやらで涙腺崩壊。 pic.twitter.com/NOss64bbmu
— ふくおか (@70Galbo) December 29, 2015
「長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ」の鑑賞
【長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ】は、「あなただけには長生きしてほしい」という強い思いを詠んだ歌です。
長生きしてほしい人を、ふと数えてみる。〇〇さん、××さん…と指折り数えてみたところで、「あなたひとりを数ふ」のです。これは、一番最後に「あなた」を数えたということではなく、何人もの人を思い浮かべたけれど最終的に「あなたひとり」だけを数えたということ。
つまり、「あなた」にだけは長生きしてほしいという強い思いを詠んでいるのです。
元気でいてほしい人、幸せになってほしい人、笑顔でいてほしい人は誰か…そんなことをふと考えたときに、誰を思い浮かべるでしょうか。何人も思い浮かぶ人もいれば、最初から一人だけという人もいるかもしれません。
この歌のように、生きてほしいと心から願える「あなた」という存在がいたら、それはとても素敵で幸せなことなのではないでしょうか。
作者「河野裕子」を簡単にご紹介!
河野裕子さんは、1946年(昭和21年)に熊本県で生まれました。
中学時代には早くも歌づくりを始め、京都女子大学在学中に第十五回角川短歌賞を受賞しました。平成14年には「歩く」で若山牧水賞・紫式部賞を、平成21年には「母系」で斎藤茂吉短歌文学賞・迢空賞を受賞するなど、生涯を通して、また亡き後も含め、数々の賞に輝きました。
夫であり歌人の永田和弘とは歌壇きってのおしどり夫婦と言われています。大学時代に出会い、40年間にわたって交わした相聞歌は、河野さんのものだけでも500首近く残されています。
晩年には乳がんを患い、2010年に64歳で生涯を閉じました。亡くなる前日まで短歌を作り続けたと言われています。彼女の死後は、夫・息子・娘ら家族がそれぞれの著書で母:河野裕子について語っています。
「河野裕子」のそのほかの作品
- 振りむけばなくなりさうな追憶のゆふやみに咲くいちめんの菜の花
- たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか
- ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり
- たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
- 子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る
- 後の日々再発虞れてありし日々合歓が咲くのを知らずに過ぎた
- 何年もかかりて死ぬのがきつといいあなたのご飯と歌だけ作つて