「塚本邦雄」という人物をご存知でしょうか。
彼は詩人であり評論家、小説家でもあり、そして歌人として名を馳せた人物。寺山修司・岡井隆と共に「前衛短歌の三雄」と称され、当時の短歌を牽引する存在でありました。
1920年の今日は日本の歌人、塚本邦雄が生まれた日です。寺山修司、岡井隆とともに「前衛短歌の三雄」と称されました。80冊を越える歌集を残しています。 pic.twitter.com/dB6H61zmcp
— 愛書家日誌 (@aishokyo) August 6, 2017
今回は、塚本邦雄の有名短歌を20首ご紹介します。
塚本邦雄の人物像や作風
塚本邦雄(つかもとくにお)は、1920年(大正9年)滋賀県生まれ、昭和後期から平成時代に活躍した歌人、詩人、評論家、小説家です。
塚本の読む歌は、反写実的で幻想的な世界観を持ち、句跨りや破調といった「前衛的な技法」が特徴です。
また、歌人・斎藤史に「喩を短歌に縫い取る『喩の刺繍者』」と言わしめた巧みな暗喩捌きが特徴で、旧字旧仮名遣いで作品を詠むことにこだわりを持ち、実際に多くの歌に用いられています。
切らば切りかへさむこころなほはしきやし假の世にはつなつの柑橘
───塚本邦雄『歌人』より pic.twitter.com/Hb678zw2AM
— 羊我堂 (@you_ga_doooo) June 20, 2017
作歌の始まりは兄の影響で、高校卒業後、商社勤務をしながら創作活動を行なっていました。
20代前半には広島の呉海軍工廠に徴用され、その際に仰ぎ見た原爆のキノコ雲が忘れられず、戦争への嫌悪感として大きな影響を及ぼしたことが残っている作品からも窺い知れます。
戦後は大阪へと移り、結婚、長男の誕生を経て、転勤先で知り合った杉原一司と意気投合し、同人誌「メトード」を創刊、惜しくも翌年に他界した杉原の追悼として処女歌集「水葬物語」を刊行すると、その出来は三島由紀夫らに絶賛されました。
左から吉田弥寿夫、杉山正樹、塚本邦雄、中井英夫、春日井建、前登志夫、寺山修司。
塚本邦雄の出版記念会(大阪)にて、とありますが、何年の写真でしょうか。
みんな若いですね。ー中井英夫 西荻窪の青春ー【図録編】より pic.twitter.com/3HaLxnDTAR
— 【十条カズオ】#詩#短歌#小説🦠2/3コロナ感染→陰性 (@ootsukisan126) May 10, 2016
塚本邦雄の有名短歌・代表作【20選】
塚本邦雄の有名短歌【1〜10首】
【NO.1】
『 馬を洗はば 馬のたましひ 冱ゆるまで 人戀はば 人あやむるこころ 』
【意味】馬を洗うならば体だけでなくその魂が冴えるまで洗い、人に恋し愛するならば殺意になり得るほどの情熱で愛すことだ。
塚本邦雄の代表作の一つで、歌集「感幻樂」の一首です。前衛的な短歌を作るとして知られていただけあり、初句が七音である形式に加え、少々過激な言い回しからは売りでもあったその明敏さが感じられます。
【NO.2】
『 日本脱出したし 皇帝ペンギンも 皇帝ペンギン 飼育係りも 』
【意味】日本から脱出したいものだ。皇帝ペンギンも、またその飼育係も。
この歌は、歌集「日本人霊歌」に収められており、同歌集の冒頭を飾っています。歌中に出てくる皇帝ペンギンは「天皇」を、飼育係は「国民」を指し、戦後の日本の混乱や息苦しさの隠喩であると言われています。
【NO.3】
『 五月祭の 汗の青年 病むわれは 火のごとき孤独 もちてへだたる 』
【意味】五月祭に参加し、汗を流す青年が居る。その姿を見て気を病む私は、火のような熱い孤独を持ち隔たっている。
【NO.4】
『 革命歌 作詞家に凭(よ)りかかられて すこしずつ液化 してゆくピアノ 』
【意味】革命歌の作詞家によりかかられ、ピアノは少しずつ液状化していく。
【NO.5】
『 突風に 生卵割れ、かつてかく 撃ちぬかれたる 兵士の眼 』
【意味】突風で落ちた生卵が割れた。その様はかつて撃ち抜かれた兵士の眼球のようだ。
割れた生卵から流れ出す白身と黄身とを、兵士の撃たれた眼球に重ね合わせた歌です。痛ましい表現でありながらも幻想的で、また淡々と語るその描写からは残酷美を思わされます。
【NO.6】
『 晴天に もつるるとほき ラガー見む 翳せし指の 閒(あい)の地獄に 』
【意味】陽射しの照る日に離れた場所からラグビーを観戦する。翳した指の間からは地獄のような光景が見えている。
上の句では爽やかさすら感じるこの歌ですが、下の句によって全体の雰囲気ががらりと変わっています。選手同士がぶつかり合い、倒れ込んだり流血したりといった試合の激しさに加え、それぞれのユニフォームの色が混じり視覚的にも騒々しいであろうその場面には、「地獄」という言葉が最適であったかもしれません。翳した手は降り注ぐ陽を遮るためであったか、はたまたその地獄に耐えられないと顔を覆うためであったか、想像が掻き立てられます。
【NO.7】
『 ずぶ濡れの ラガー奔(はし)るを 見おろせり 未来に向けるもの みな走る 』
【意味】ずぶ濡れになりながら奔るラガーマンを観客席から見下ろした、皆未来に向かって走っている。
この歌では、同じ意味合いであるはずの「奔る」と「走る」が使い分けられています。恐らく「奔る」では競技として物理的に駆ける様子を、後者は未来に(あるいは死に)向かって走る、いわゆる精神性を表す抽象的なものであると考えられます。また、未来を持つ対象は若年層だけでは無いため、広義で「走る」を利用したのかもしれません。
【NO.8】
『 水に卵 うむ蜉蝣よ われにまだ 惡なさむための 半生がある 』
【意味】水中に卵を産むカゲロウよ、まだ私に悪を成すための半生が残っているであろう。
【NO.9】
『 卵黄吸ひし 孔ほの白し 死はかかる やさしきひとみもて われを視む 』
【意味】卵黄を吸い、殻に空いた穴は仄白い。優しき死の瞳は私を見ている。
【NO.5】の歌同様、こちらでも卵を眼玉に見立てています。命の核である卵黄を食し、抜け殻となった卵を死と表現する描写からは、前述の歌よりも更に空虚な印象を受けます。また、空けられた穴がこちらを覗く様子には得も言われぬ不安が漂うようです。
【NO.10】
『 戰爭の たびに砂鐵を したたらす 暗き乳房の ために禱(いの)るも 』
【意味】幾ら祈ろうとも、戦争の度に乳房は砂鉄をしたたらす。
塚本邦雄の有名短歌【11〜20首】
【NO.11】
『 受胎せむ希ひとおそれ、新緑の夜夜妻の掌に針のひかりを 』
【意味】受胎したい望みと、したくない恐れ。初夏の木々の艶やかな緑が揺れる夜の度、月明かりが妻の掌を針のよう刺す。
【NO.12】
『 園丁は 薔薇の沐浴(ゆあみ)の すむまでを 蝶につきまとはれつつ待てり 』
【意味】庭師はバラの花に水をあげ終えるまでを、蝶に付き纏われながら待っている。
【NO.13】
『 謝肉祭の よひから瞳 ふせしまま うつとりと人を 待つセニョリータ 』
【意味】謝肉祭の宵から、お嬢さんが瞳を伏せたままうっとりと人を待っている。
【NO.14】
『 ひる眠る 水夫のために 少年が そのまくらべに かざる花合歓(はなねむ) 』
【意味】昼時に眠る水夫のため、少年はその枕元に合歓の花を飾る。
【NO.15】
『 錐・蠍・旱・雁・掏摸・檻・囮・森・橇・二人・鎖・百合・塵 』
【意味】きり・さそり・ひでり・かり・すり・おり・おとり・もり・そり・ふたり・くさり・ゆり・ちり。
【NO.16】
『 棒高跳の 青年天に突き刺さる 一瞬のみづみづしき罰を 』
【意味】棒高跳びをする青年が天に突き刺さるその一瞬は、天罰を受けているように見える。
【NO.17】
『 城のごとき ものそそりたつ 青年の 内部、怒れる 目より覗けば 』
【意味】青年の怒れる目を覗くと、その内部で城のようなものがそそり立っているのが見える。
【NO.18】
『 海底に 夜ごとしづかに 溶けゐつつ あらむ。航空 母艦も火夫も 』
【意味】海底では毎夜静かに溶けていっているのであろう。沈没した航空母艦も、乗船していた火夫達も。
【NO.19】
『 金木犀 母こそとはの 娼婦なる その脚まひる たらひに浸し 』
【意味】金木犀の香る季節、真昼に水の張ったたらいに脚を浸す母は永遠の娼婦である。
【NO.20】
『 ゆきたくて 誰もゆけない 夏の野の ソーダ・ファウンテンにある レダの靴 』
【意味】行きたくても誰も辿り着くことの出来ない、夏の野のソーダファウンテンにあるレダの靴。
「ソーダ・ファウンテン」はソーダ水など清涼飲料水を提供する店や売り場のことでアメリカで使われている言葉でした。今でこそ日本にも馴染みのあるものとなりましたが、当時はまだ異国文化の香りが漂っていたはずです。また、「レダ」はギリシャ神話に登場する美しい女神で、靴に関する逸話はありませんが、靴から連想される脚線や踊り出しそうな軽やかさが感じられ、上下どちらの句をとっても幻のような美しさのある一首です。
以上、塚本邦雄が詠んだ有名短歌20選でした!
皮肉めいた暗喩に、明敏な切り口、そして現実でありながらも現実を感じさせないユーモアと豊かなその視点…。彼の歌はまるで読み手を深く新しい世界に導いてくれるようです。
塚本邦夫の作品にもっと触れてみたい方は、ぜひご自身で調べて見てください!