今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」を紹介します。
自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ(サラダ記念日・俵万智) 花・木場にて。 pic.twitter.com/pIMhsWgqqk
— のぎざか (@nogizaka55) February 22, 2016
本記事では、「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」の意味や表現技法・作者などについて徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」の詳細を解説!
自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ
(読み方:じてんしゃの かごからわんと はみだして なにかうれしい せろりのはっぱ)
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。
あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「自転車のかごから、かごに積んだセロリの葉っぱが『わんっ』と勢いよくはみ出している。その様子は、なんだかうれしい気持ちにあふれているように感じられる」
自転車のカゴからはみ出た、生き生きとしたセロリの葉っぱにウキウキとする明るい気持ちを詠んだ歌です。
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言って過言ではないくらい有名な歌人です。分かりやすい言葉で日常の出来事を表現した短歌に定評があり、親しみやすくそれでいて切り口が斬新な作品は、多くの人の心を掴んでいます。
また、この歌の出典は『サラダ記念日』です。
サラダ記念日は1987年(昭和62年)5月に出版された、作者の第1歌集です。表題にもなった歌「サラダ記念日」は俵万智の代名詞にもなっています。出版されるやいなや話題を呼び、歌集では異例のベストセラーとなりました。収められている短歌から合唱曲がつくられたり、いくつもの翻案・パロディ作品が出たりするなど社会現象となり、それまで短歌に親しみがなかった人にとって、短歌のイメージを変えた一冊と言えるでしょう。
文法と語の解説
- 「自転車のかごから」
自転車のかごは前かごと後ろのかごがありますが、この歌での自転車のかごは、おそらく前のかごなのではないかと考えられます。主人公(作者)が自転車に乗っている、あるいは自転車を押して歩いている場面で、視界にセロリの葉っぱが入っているのでしょう。
- 「わんと」
「わん」は擬態語で、セロリの葉っぱが生き生きと、勢いよくはみ出している様子を表しています。
- 「なにか嬉しい」
「なにか」は特定できない「何か」で、それは「嬉しい」という気持ちの理由です。つまり、具体的に何があったというわけではないけれど、「なんとなく嬉しい」といった気持ちなのですね。
- 「セロリの葉っぱ」
セロリという具体的なものの名前と、その葉っぱを指すことで、歌の光景がよりリアルに想像できます。ちなみに、短歌に季語という概念はありませんが、俳句では「セロリ」は冬の季語なのだそうです。(作者がそれを意識しているかは不明です。)
「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」の表現技法
擬人法
「セロリ」が「嬉しそうだ」という表現は擬人化によるものです。
実際にはセロリに感情があるとは考えにくいですが、擬人化したことによって、セロリがまるで生き物のように「嬉しい」という感情を抱いていると読者は思わせられます。
オノマトペの使用
セロリがかごからはみ出す様子を表すために、「わん」という擬態語を用いています。
読み手が情景を想像しやすいだけでなく、「わん」という響きに歌全体に勢いがつき、より生き生きとした作品になっているように思います。
「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは、第1歌集の『サラダ記念日』です。作者は当時24歳で、高校の教員になってすぐの年でした。
この歌が詠まれた背景について、作者自身が取り立てて語ったことはありません。しかし、そもそも短歌は作者が感じたことを詠むものですから、作者がこの歌のような場面、あるいは似たような場面を経験したという可能性は高いです。
また、『サラダ記念日』のあとがきで、作者は次のように語っています。
原作・脚色・主演=俵万智、の一人芝居――それがこの歌集かと思う。(中略)
なんてことない二十四歳。なんてことない俵万智。なんてことない毎日のなかから、一首でもいい歌を作っていきたい。
(『サラダ記念日』186~190頁より)
俵万智さんは、教員時代の経験や退職、出産・子育てなど、自身の人生の変化とともに詠まれる作品も変化している印象があります。
「自転車の…」の一首は、まだ若いころに詠まれたものです。20代ならではの瑞々しい感性でつづられた、とてもさわやかな歌です。
「自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ」の鑑賞
【自転車のカゴからわんとはみ出してなにか嬉しいセロリの葉っぱ】は、生き生きとしたセロリの葉っぱにウキウキとする明るい気持ちを詠んだ歌です。
自転車のかごは、硬くて狭い枠。そこに収まりきらないセロリの葉っぱが、わんっ!と音を立てるようにはみ出しています。その光景はとてもエネルギッシュで、なんだか見ているこちらも嬉しくなってしまいます。
そんな瑞々しいセロリを乗せた自転車をゆっくり動かしながら、主人公が考えているのは今夜の献立でしょうか。
それとも、温かい日差しを受けて揺れるセロリの葉っぱと一緒に、鼻歌を歌っているのでしょうか。
この歌を読む読者も、なんだか一緒にウキウキしてしまう一首です。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智(たわら まち)は、1962年(昭和37年)大阪府門真市出身の歌人です。
13歳で福井に移住、その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集はベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選びました。
その後も出版する歌集は度々話題となり、現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
「俵万智」のそのほかの作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら