短歌は、日常の中で感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。
短い文字数の中で心を表現するこの「短い詩」は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」をご紹介します。
ハンバーガーショップの席を立ち上がるように
男を捨ててしまおう
__ #俵万智#短歌 #tanka pic.twitter.com/h7eNLqnSCU— 朝乃詩史 (@AsanoShifumi) April 25, 2016
本記事では、「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」の詳細を解説!
ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
(読み方:はんばあがあしょっぷのせき をたちあがるように おとこをすててしまおう)
作者と出典
この歌の作者は「俵 万智(たわら まち)」です。
短歌界ではもちろん短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言っても過言ではないくらい有名な歌人です。日常の出来事を分かりやすい言葉選びで表現した短歌は、親しみやすく、それでいて切り口が斬新で、今も多くの人の心を掴んでいます。
また、出典は『サラダ記念日』です。
俵万智「サラダ記念日」
様々な恋や普段気にも留めない心の機微が日常の言葉にのせ歌われる。無駄な言葉や表現をそぎ落とす。そうして出来た短歌は研ぎ澄まされいて、心を打つ。
○思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ/ただ君の部屋に音をたてたくてダイヤル回す木曜の午後○ pic.twitter.com/QAsrB7GI9n— ヒロキ@読書垢 (@ookami24102) November 16, 2016
1987年(昭和62年)5月に出版された第1歌集で、表題にもなった歌「サラダ記念日」は俵万智の代名詞にもなっています。出版されるやいなや280万部のベストセラーとなり、短歌に馴染みがなかった人も含め多くの人が手に取りました。この歌集をもとにいくつもの翻案・パロディ作品が出たり、収められている短歌から合唱曲が作られたりするなど社会現象となりました。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれているため、読み手がそのまま意味を捉えられるものです。
あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「ハンバーガーショップの席を立つくらいの気軽さで、男(恋人)との付き合いをやめてしまおう」
ストレートに受け取ると、ただサクッと男を捨ててしまおうという思いを詠んだだけの歌です。しかし、この歌をどう解釈していくかという話になると、使われている言葉やそれが選ばれた理由、そこに込められた気持ちに焦点を当てていかなければなりません。
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「ハンバーガーショップの」
何よりもまず、ハンバーガーショップと言う単語が特徴的です。この歌の中では、気軽に立ち寄れるファーストフード店を想起させることで、「手軽さ・気軽さ」を表現しています。
- 「席を立ちあがるように」
この「席」はハンバーガーショップの席のことです。好きなタイミングでパッと立ち上がって店を出る、とても気軽な感じがイメージできます。「ように」で、「それと同じくらいの手軽さ・気軽さ」と、この後にくる行為を例えていることがわかります。
- 「男を捨ててしまおう」
ハンバーガーショップの席を立つことと比較されていたものが、「男を捨てる(=男に別れを告げる)」ことだということが分かります。最後が「しまおう」と意思を表す助動詞「~う」で締めくくられていることから、男を捨てるという行為が実際に起こった出来事ではなく、今の時点では詠み手(歌の中の人物)の思い・考えであることが分かります。
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」の句切れと表現技法
句切れ
この歌には句切れがありませんので、「句切れなし」となります。
初句から2句に「ハンバーガーショップ」という単語がまたがり、2句から3句にかけても「席を立ち上がる」と区切るところがなくまたがっています。
さらに3句から4句にかけての「立ち上がるように」や、4句から5句への「男を捨ててしまおう」も句をまたいで文が続いています。あえて句切れをつくらないことで、全体の流れるような印象を読み手に感じさせています。
固有名詞の使用
特定の店名ではありませんが、「ハンバーガーショップ」というイメージの限られた名詞を使うことにより、読み手が具体的に想像しやすいものとなっています。
字余り
字余りとは、「五・七・五・七・七」の形式よりも文字数が多い場合を指します。
上の句が5・7となるところを、6・7にしています。
しかしこれは表現的な効果を狙ったわけではなく、「ハンバーガー」という名詞を使用しているためと思われます。
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは第1歌集の『サラダ記念日』です。作者は当時24歳でした。
この歌が詠まれた背景について、作者自身が取り立てて語ったことはありません。実体験なのか、完全なるノンフィクションなのかも議論が分かれるところです。
しかし、『サラダ記念日』のあとがきで、作者は次のように語っています。
原作・脚色・主演=俵万智、の一人芝居――それがこの歌集かと思う。(中略)
なんてことない二十四歳。なんてことない俵万智。なんてことない毎日のなかから、一首でもいい歌を作っていきたい。それはすなわち、一所懸命生きていきたいということだ。生きることがうたうことだから。うたうことが生きることだから。
(『サラダ記念日』186~190頁より)
「ハンバーガーショップ…」の歌が実体験なのかはわかりませんが、少なくともその思いに近い体験を作者がしたか、身近にそんな心境の人物がいたのではないでしょうか。
「ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう」の鑑賞
【ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう】は、これから男を捨てようとする女性の心情を詠んだ歌です。
ファーストフード店の席を立つことはとても気軽な行為で、何の感情も抱かずにさらっとできること。それと同じように、男を捨ててしまおう、と言うのです。そんなことを言うこの女性は、なんだかクールでさっぱりとした、かっこいい女のように思えます。
しかし、本当にそうでしょうか。例えば歌の終わりが「捨ててきたわ」「捨てればいいのよ」等であれば、男を捨てることにあまり抵抗を感じない女性と言えるかもしれません。しかし、この歌は「捨ててしまおう」という「意志」を詠んでいます。見方を変えると、「捨ててしまおう!」と自分を鼓舞しているようにも思えます。それくらい気軽に、捨ててしまえばいいんだ。捨ててやろうじゃないか!と、勇気を出すために自己暗示しているのかもしれません。
文字通りのかっこいい女性なのか、かっこいい女性であろうとしているのか、読み手の捉え方で人物像が変わってくるところが面白いですね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。会話を活かした口語定型の歌が特徴で、一般読者の共感を広く呼んでいます。
1962年に大阪府門真市で生まれ、13歳で福井に移住。その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集は260万部を超えるベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。
現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。また1996年6月から毎週日曜日読売新聞の『読売歌壇』の選と評を務めています。2019年6月からは西日本新聞にて、「俵万智の一首一会」を隔月で連載しています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 来年の春まで咲くと言われれば恋の期限にするシクラメン
- 男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
- まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける
- 生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり
- バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ
- 最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て