川は古代から生活に密着した存在で、海よりも身近な水源です。
現在でも人は日常的に川を眺め、時には流れに自分を投影して見つめることもあります。
今回は、そんな「川」の流れに思いを寄せて詠まれた短歌を20首紹介します。
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短歌職人
有名なものから一般の方が作ったものまで幅広く紹介していきますので、ぜひ最後まで読んでみてください。
川を題材にした有名短歌【おすすめ10選】
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まずは古代から近代までの有名歌人が詠んだ川の和歌・短歌を10首ご紹介します。
【NO.1】但馬皇女
『 人言を 繁み言痛(こちた)み おのが世に いまだ渡らぬ 朝川渡る 』
【意味】人の噂が辛く、辛いからこそ、今まで渡ったこともない朝川を渡るのだ。
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作者は周りからは非難されるような辛い恋をしていました。これは女性である作者が夜に恋人のもとを訪ねて翌朝に帰るところを詠んだものです。初めて渡った早朝の川の冷たさを思わせ、その冷たい川が二人を隔てるもの全ての象徴のようにも感じられます。
【NO.2】御春有助
『 あやなくて まだきなき名の 竜田川 渡らでやまむ 物ならなくに 』
【意味】根拠もなく恋の噂が広まってしまった。竜田川を渡らなかろうが、噂はなくなるものでもないだろう。
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「なき名」は事実ではない恋の噂という意味で、噂が「たつ」ことと「竜田川」は掛詞になっています。噂の相手の元へ通うことを川を渡るとたとえていて、今更噂が消えるものでもないから川を渡ってしまえ、相手に会いに行ってしまえという気持ちが込められているように感じられます。
【NO.3】平貞文
『 白川の 知らずとも言はじ 底きよみ 流れて世世に すまむと思へば 』
【意味】白川を知らないとは言いませんよ、底まで清い白川が世の中に流れ続けると思うのだから。
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清流である白川に想い人を重ねて詠んだもので、自分もあなたに見合うように清くあってあなたと添い遂げたいという、愛を告白する歌です。清く澄んだ白川の美しさが強調された内容ですが、相手はそれ程に立派な人だったのでしょう。
【NO.4】藤原敏行
『 つれづれの ながめにまさる 涙川 袖のみぬれて あふよしもなし 』
【意味】あなたのことを考えていると涙が川となって流れて袖を濡らすが、あなたに会うすべはないのだ。
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恋しい相手に会いたくても会えない切なさを歌ったものです。「涙川」は架空の川ですが、流れる涙でできた川とは作者のもどかしい思いや恋心の強さをうかがわせ、同時に表現の美しさにも感心させられます。
【NO.5】陽成院
『 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる 』
【意味】筑波山の峰から流れるみなの川が深いように私の恋心も積もって深い淵のようになった。
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峰から流れる川は初めは細い筋のようでも次第に水が増えて深い淵となるように、自分の恋も気付かないうちにこんなに深く積もってしまった、と川に恋心をたとえた歌で、取り返しがつかない程恋に溺れている様子が表現されています。
【NO.6】北原白秋
『 白き犬 水に飛び入る うつくしさ 鳥鳴く鳥鳴く 春の川瀬に 』
【意味】白い犬が水に飛び込むその美しさよ。鳥が鳴いている春の川べりで。
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犬が川に飛び込む水しぶきが眩しくきらめく様子が目に浮かぶような歌です。「鳥鳴く」の反復が鳥のさえずりが聞こえ続けていることを思わせ、作者の立つ川辺ののどかさを感じさせます。
【NO.7】斎藤茂吉
『 ながらへて あれば涙の いづるまで 最上の川の 春ををしまむ 』
【意味】生きながらえた私は涙が出るまで最上川の春の景色を堪能しよう。
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山形県の最上川は作者の故郷の川です。戦争を生き延びた作者は春の景色の中に流れる最上川を見て、風景の美しさに心打たれ、生きていて良かったと命の尊さをかみしめながら涙が出るほどの喜びを感じたのではないでしょうか。
【NO.8】佐佐木幸綱
『 川が流れて 俺が流れて 流されて 今日を区切りの 花束浮かす 』
【意味】川が流れるように俺が流れて流されて、今日を区切りとして花束を浮かべる。
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川に流されるようにして生きてきた自分と決別し、自分の代わりに花束を水に浮かべたという内容です。流れていく花を見つめる作者の目線に力強さを感じます。
【NO.9】萩原慎一郎
『 デモ隊の列途切れるな 途切れないことでやがては川になるのだ 』
【意味】デモ隊の列よ途切れるな、途切れないことでやがては川のようになるのだ。
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デモ隊よ意志を貫け、という作者の強い思いを感じます。川になるというたとえは、小川がやがて大河になり、大きな海へ注ぐように、賛同者が増えて世界に影響するような未来を想像させます。
【NO.10】俵万智
『 柔らかな 秋の陽射しに 奏でられ 川は流れゆくオルゴール 』
【意味】柔らかい秋の陽射しに奏でられたオルゴールのように川は流れていく。
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擬人法を用いた、とても綺麗な印象の歌です。かすかな音量で優しく繰り返されるオルゴールのような水音を想像すると、いつまでも聞いていたいような心地よさを感じます。
川を題材にした一般短歌【おすすめ10選】
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ここからは一般の方が詠んだ川の短歌を10首紹介していきます。
【NO.1】
『 清流の 水面に映る 深い森 聞こえる音は 川のせせらぎ 』
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澄んだ水のきらめきと、そこに映る深い森の暗さが対比となり、繁った木々の作る闇と静寂を想像させます。ただ川だけが動いていてせせらぎだけが聞こえてくる、そんな静けさを読み手に思わせて深い余韻を残しています。
【NO.2】
『 川沿いは 辛き時とて あるだろに 川面映える 真白き木槿 』
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木槿(ムクゲ)は夏に花を咲かせる低木です。川沿いのムクゲの木は、雨風にさらされたり水に浸かったりと辛いこともあるだろうに、今は川面を真っ白い花で飾っている。作者はムクゲに健気さと強さを感じて、真っ白な花を眩しく思ったのではないでしょうか。
【NO.3】
『 この街の 誰かが涙 した夜に 眺めた川を 朝日が照らす 』
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人が川の流れを見つめるように、川も人の喜びや悲しみを見つめているのかもしれません。しかし川は多くを語らずに、変わらず静かにそこにあるという不変性を感じる歌です。
【NO.4】
『 行くあても ないがゆっくり 歩いてる 人混みという 川に流され 』
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人の流れを川にたとえた歌で、特に目的もなく流されている様子ながらも「ゆっくり歩いてる」のは自分の意思でそうしているとも思われ、流れに逆らうばかりが人生ではないと言うようにも感じられます。
【NO.5】
『 川のある 町に生まれて 波風が 立たないように 暮らしています 』
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静かな川のように流れていく穏やかな日常を大切にしていることが伝わります。「暮らしています」の敬語には謙虚さと、少しの固さも感じられます。作者は心の隅で窮屈さを感じているのかもしれません。
【NO.6】
『 台風が 過ぎた早朝の 静けさに 響くは川の 濁流の音 』
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嵐が過ぎ去って物音もしなくなった夜明けに、ただ濁流となった川の音が響いているという歌で、見慣れた川が荒々しく変貌したことを思わせ、自然の怖さを感じさせます。
【NO.7】
『 天の川 はるか手前の 歩道橋 ヘッドライトの 河を見下ろす 』
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作者は歩道橋から遥か遠くにきらめく天の川を見上げ、そして手の届きそうなところに流れるヘッドライトの河を見下ろし、これが人間界の光の河だよと思ったのかもしれません。これも悪くはないよと思って見つめていたのでしょうか。
【NO.8】
『 ささぶねは 楽しさだけを 乗せたまま 流れ見えなく なって夕暮れ 』
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作者は楽しく作った笹舟が川に流されていくのを見つめていたのでしょう。体現止めの「夕暮れ」は日が落ちて暗くなる様子を思わせ、川を見つめる作者の取り残されたような寂しさを感じさせます。
【NO.9】
『 明日から あなたのことを 忘れ去り 冬の川より 静かになるの 』
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短歌職人
「あなた」との、そして自分の恋心との決別を詠んだのでしょう。明日から心は凍てついて流れの止まった冬の川よりもっと冷たく静かになる、そうするのだという意志が感じられ、切なく悲しい余韻を残しています。
【NO.10】
『 土手走る ヘッドライトが 照らし出す 川沿いに生きる ひとびとのいのち 』
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夜の土手は暗くて何も無いように見えますが、ヘッドライトが川沿いの家々を照らし暗闇に浮かび上がらせます。その瞬間に、そこには家があり生活している人がいるのだと意識したことを思わせる歌で、命があることへの気付きを感じさせます。
以上、川を題材にした短歌集でした!
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川と聞いて皆さんが思い浮かべるのはどんな川でしょうか。
いつもの通りにある近所の小川、たまに通る橋から見下ろす大きな川、または写真や映像で見たことのある憧れの景色に流れる川かもしれません。
そんな「心にある川」をテーマにして短歌を作ってみるのも面白味があっておすすめです。
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皆さんもぜひ川をテーマにした短歌作りに挑戦してみてください。