短歌の中には擬音語や擬態語が使われたものも多くあります。
音や状態を文字にして表す擬音語・擬態語は短歌の情景を分かりやすく伝えたり、読み手のイメージをふくらませたりする効果を持ちます。
今回は擬音語を上手に使った面白い短歌「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」を紹介します。
土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ(河野裕子『ひるがほ』) ――リズミカルで良い歌ですね。
— てつろー@人間性と倫理 (@symphonycogito) January 5, 2011
本記事では、「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」の詳細を解説!
土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ
(読み方:つちばとは どどっぽどどっぽ いばらさく のはねむたくて どどっぽどどっぽ)
作者と出典
この歌の作者は「河野裕子(かわの ゆうこ)」です。
河野裕子氏は昭和後期から平成にかけて活躍した歌人です。女性の視点から物事をとらえ情景をのびのびと表現した歌が多く、戦後の歌壇に新しい風を吹き込んだ女性です。結婚後は一人の妻として母として夫や子への愛情を感じさせる短歌も多く作り、戦後の女性短歌会をリードし続けました。夫は細胞生物学者で歌人の永田和宏で、夫婦で交わされた愛する人同士が想いを伝えあう短歌「相聞歌」が有名です。
この歌の出典は「ひるがほ」です。
「ひるがほ」は1976年に刊行された河野裕子の第二歌集です。「ひるがほ」が出版された時彼女は30歳ですが、のびやかな歌風に加えて少女のようなみずみずしい感性で詠まれた歌も多く収められています。「ひるがほ」は生を謳歌した前向きで明るい歌が多い点も特徴で、当時の歌壇から高い評価を受けて現代歌人協会賞を受賞しました。
現代語訳と意味
この歌は現代語で書かれていますが、わかりやすく意味を書くと以下のようになります。
「土鳩がどどっぽどどっぽと鳴いている。いばらが咲いている野原は眠たくて、どどっぽどどっぽと鳴き声が聞こえてくる。」
のどかな野原の情景を詠んだもので「どどっぽどどっぽ」という土鳩の声の繰り返しが眠気を誘うという内容です。茨の咲く初夏の野の暖かな昼下がりをイメージさせる、穏やかで柔らかい雰囲気の歌です。
文法と語の解説
- 土鳩は
「土鳩」はキジバトのことです。キジバトは鳩の一種で田園地方に多く見られ、地方によってツチバトやドバト、ヤマバトと呼ばれることがあります。
- どどつぽどどつぽ
「どどっぽどどっぽ」と読み、キジバトの鳴き声を表したものです。キジバトの鳴き声は低音で、一定のリズムで繰り返されるのが特徴です。
- 茨咲く
「茨」は「いばら」と読み、トゲのある小木を指す言葉です。一般には野生のバラのことを「茨」と言います。茨が咲くのは5月から6月頃です。
- 野は眠たくて
「野」は野原、自然の広い平地のことです。田舎を指して使われることもあります。「眠たく」は形容詞「眠たし」の連用形、「て」は接続助詞です。
「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」の句切れと表現方法
字余り
第二句と第五句の「どどつぽどどつぽ」は「どどっぽどどっぽ」と読み、8音ずつの字余りとなっています。
句切れ
歌全体で一つのまとまりであり文章としての切れ目がないため、この歌は「句切れなし」です。
擬音語
擬音語は「ザーザー」「サクサク」のように実際に聞こえる音を文字にして表したもので、音や情景を読み手に分かりやすく伝える効果があります。
この歌では「どどつぽどどつぽ」が鳩の鳴き声を表す擬音語として使われています。
反復法
反復法は言葉を繰り返して使うことで、歌にリズムを出したりその語句を強調したりする効果があります。
この歌では「どどつぽ」の繰り返しがテンポ良く、鳩の鳴き声の印象を強めています。
「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」が詠まれた背景
作者の河野裕子は熊本生まれですが、この歌を作った時期は東京に住んでいました。
しかし、彼女は都会の暮らしが好きになれず田舎を恋しく思い、故郷の野山をイメージした歌を多く作っていたようです。
この歌について河野裕子は後に、故郷で聞いた鳩の声を懐かしく思い出し、その鳴き声を入れた短歌を作ろうと思ったと語っています。鳴き声の「どどつぽ」は、「ドバト」とも読む土鳩の「ド」の音から連想したそうです。
この歌は茨が咲く初夏の野に寝そべって土鳩の鳴き声を聞いているような、のんびりとした自然風景が描かれていますが、その幸せそうな穏やかさは田舎から離れた作者が野山を恋しく思ったからこそ描かれたものなのかもしれません。
「土鳩はどどつぽどどつぽ茨咲く野はねむたくてどどつぽどどつぽ」の鑑賞
茨咲く野で繰り返される土鳩の鳴き声が眠たいという、のんびりとした自然の情景が表現されています。
歌の一番の特徴は「どどつぽどどつぽ」という、鈍い低音を思わせる土鳩の鳴き声です。濁音を多用した平仮名の「どどつぽどどつぽ」は見た目にも鋭さが全くなく、どちらかと言えば野暮ったい印象を持っていますが、だからこそ素朴で穏やかな田舎の風景を感じさせます。これが片仮名の「ドドツポドドツポ」だった場合は鋭すぎてどこか乱暴な気配があり、歌の雰囲気を損ねてしまうでしょう。
「茨」は野ばらの咲く初夏の季節を表現するとともに、トゲのある植物の鋭さを表して土鳩の鈍い鳴き声と対比させることで、情景の柔らかさを強調しているのではないでしょうか。トゲのある野ばらが咲いているけれども、その鋭さも覆ってしまう程に土鳩の声はのんびりとしていて、だから眠たくなってしまうのでしょう。作者も眠たいのでしょうが、土鳩も眠たいのかもしれません。
一度目の「どどつぽどどつぽ」と二度目の「どどつぽどどつぽ」の間には時間が経過しているのでしょう。土鳩が鳴いている、しばらく経ってまた鳴いている、その間にうとうとと作者はまどろんでいる、初夏の野のゆったりとした時間の流れを想像させます。
「どどつぽどどつぽ」の字余りは土鳩の間延びしたような鳴き声を思わせますが、それがゆっくりめのリズムとなって心地よく感じられます。読んでいる側もつい眠くなってしまうような、穏やかで優しい歌です。
作者「河野裕子」を簡単にご紹介!
河野裕子は戦後間もない昭和21年(1946年)に熊本県で生まれ、滋賀県で育ちました。短歌を作り始めたのは高等学校時代のことで、23歳で歌人の宮柊二に師事し青春や恋愛をテーマにした短歌を多く作りました。
当時の女性の短歌は生活の悲しみや辛さをしみじみと詠んだものが多い傾向にあり、青春を歌ったフレッシュな裕子の作品は新鮮で、新しい感性で詠まれた短歌として注目されます。
女性歌人をけん引する存在となった裕子は積極的に短歌を作り続け、同時に毎日新聞歌壇やNHK短歌の選者も務め、夫の永田和宏とともに宮中歌会始の短歌選考にも当たりました。晩年は乳がんを患いますが、その闘病生活を歌に詠み、平成22年(2010年)に64歳で亡くなるまで生涯歌人であり続けました。
「河野裕子」のそのほかの作品
- 振りむけばなくなりさうな追憶のゆふやみに咲くいちめんの菜の花
- たとへば君ガサッと落葉すくふやうに私をさらって行ってはくれぬか
- ぽぽぽぽと秋の雲浮き子供らはどこか遠くへ遊びに行けり
- 長生きして欲しいと誰彼数えつつつひにはあなたひとりを数ふ
- たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
- 後の日々再発虞れてありし日々合歓が咲くのを知らずに過ぎた
- 何年もかかりて死ぬのがきつといいあなたのご飯と歌だけ作つて