【斎藤茂吉の有名短歌 30選】近代短歌を確立した歌人!!短歌の特徴や人物像・代表作など徹底解説!

 

歌人であり、精神科医であり、時には書家でもあり、また画家でもあった多才の人、斎藤茂吉という男をご存知でしょうか。

 

彼はアララギ派歌人の一人で、その歌々から感じられる独特な視点と世界観は近代短歌の確立を担う魅力に溢れています。

 

今回は、そんな「斎藤茂吉(さいとう もきち)」の有名短歌を30首ご紹介します。

 

 

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ぜひ最後まで読んでください!

 

斎藤茂吉の生涯や人物像・作風

(1952年頃の斎藤茂吉 出典:Wikipedia)

 

斎藤茂吉(さいとう もきち)は、1882年(明治15年)山形県出身・精神科医であり日本を代表する歌人です。

 

斎藤茂吉はアララギ派を代表する歌人であり、その作風は、師・伊藤左千夫属する根岸派から受け継いだ「万葉調」、そして正岡子規より踏襲した「写生」が特徴です。

 

また、生まれ育った山形県南村山郡金瓶(かなかめ)は仏教信仰の厚い村であったことから、当時の影響からか仏教に基づいた歌も多く詠まれています。それら作品はアララギ歌人を意識させるものではなく、あくまで斎藤茂吉としての色が強く見られ、その独自性が好まれてもいました。

 

 

幼少期から14歳までを故郷である金瓶で過ごしますが、茂吉の素質を見抜いていた住職の仲介により、浅草で開業医をしていた斎藤紀一の養子となります。

 

その才能には養父も目を見張るものがあり、愛娘であり茂吉の妻となった輝子に「変わり者ではあるが、恐らく偉くなる。看護婦になったつもりで支えなさい」と声をかけたと言われています。

 

そうして歌人と医師の二足の草鞋となったために生活は多忙を極めましたが、歌人としての活動を止めることなく、「赤光」「あらたま」など多くの作品を残しています。

 

 

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また、島木赤彦逝去後には編集発行人を務めており、「童馬山房夜話」の連載を開始してから以降10年もの年月、殆どを休まずに毎号執筆していたそうです。

 

斎藤茂吉の有名短歌【30選】

 

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ここからは、斎藤茂吉のおすすめ短歌を30首紹介していきます!

 

斎藤茂吉の有名短歌【1〜10首

 

【NO.1】

『 赤茄子の 腐れてゐたる ところより 幾程もなき 歩みなりけり 』

【意味】赤茄子の腐っていた場所からどれほど歩いたかと思うも、幾程も歩いていないことよ。

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歌中の「赤茄子」はトマトのことを指します。この歌ではトマトそのものを詠むのではなく、時間の経過と距離を伝えるための手段として使用しています。野菜の瑞々しさではなく腐敗した状態を詠むことで、どことなく退廃的な雰囲気が漂っています。

 

【NO.2】

『 死に近き 母に添寝の しんしんと 遠田のかはづ 天に聞ゆる 』

【意味】死の間近に迫る母に添い寝をしていると、遠くの田んぼでしんしんと鳴く蛙の声が天に響いて聞こえてくる。

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息も絶え絶えな母と、空に響き渡る声で高らかに鳴く蛙とが対比されています。母の死について詠まれた短歌は連作として第四部まで作られており、この歌はその第二部にあたります。

 

【NO.3】

『 のど赤き 玄鳥ふたつ 屋梁にゐて 足乳根の母は 死にたまふなり 』

【意味】喉の赤いつばめが二羽、屋根の梁に居り、母は死に向かわれている。

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歌集「赤光」出典の一首で、前記の歌同様、生命を感じさせるつばめと死に向かう母親とが対比されています。「赤光」の由来が仏典からの引用であったことに加え、著書「作家四十年」では「私の悲母が現世を去ろうとしてる時、のどの赤い玄鳥のつがいが来ていたのも何となく仏教的に感銘が深かった」と語っており、茂吉と仏教との結びつきが見えてきます。

 

【NO.4】

『 我が母よ 死にたまひゆく 我が母よ 生まし乳足らひし母よ 』

【意味】私の母よ、死に向かわれている私の母よ、私を生み乳を与えた母よ。

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「たまふ」という敬語表現や、それまでの恩を回想した叫びとも取れる悲しげな言い回しからは、茂吉の母への愛情の深さが感じられます。茂吉は15歳で斎藤家へ養子に出されており、実母とは離れて暮らすこととなりますが、母の危篤を耳にし実家へと向かっています。

 

【NO.5】

『 いのちある 人あつまりて 我が母の いのち 死行くを 見たり死ゆくを 』

【意味】命ある人が集まり、私の母の死に行く様を見ている、息絶え死に行く様を。

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死者になろうとしている母と、それを覗き込む生者らとの皮肉な対比にも思えますが、母の旅立ちが一人ではない安堵感や温かさもあるように思えます。また、塚本邦雄によれば、自らも「いのちある」一人であり、傍観するのみで死を共有出来ない悔しさを歌っているそうで、様々な読み取り方があるようです。

 

【NO.6】

『 猫の舌の うすらに紅き 手ざはりの この悲しさを 知りそめにけり 』

【意味】猫の薄紅い舌の手触りの、この悲しさを初めて知ったものである。

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視覚である「うすらに紅き」と触覚による「手ざはり」、それによって生まれた感情「悲しさ」の構図には不思議な世界観があります。五感を活用し、身近存在である猫が題材のため読み手は状況を想像し易いですが、新たな感情を提示されることで、存在の愛らしさや状況の物寂しさを詠んだ猫が主題の他の短歌とは別物のように思えます。

 

【NO.7】

『 街上に 轢かれし猫は ぼろ切か 何かのごとく 平たくなりぬ 』

【意味】道端で轢かれた猫はぼろ切れか何かのごとく平たくなっている。

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この事象に感情を抱く素振りも見せない淡々とした描写からは、残酷なまでな写実主義が感じられます。愛玩動物としてではなく自然にある物体として、その表現は人にも限らず、感情では推し量れない新たな視点を見出してくれるように思えます。

 

【NO.8】

『 あかあかと 一本の道 とほりたり たまきはる我が 命なりけり 』

【意味】あかあかと照らされた一本の道が真っ直ぐに通っている。それこそが私の命である。

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「あかあか」は「明々」や「赤々」とも書き、光の明るさ、あるいは赤く照らされている状態のどちらでも読むことが出来ます。師である伊藤左千夫の亡くなった後に詠まれた一首で、自身の短歌の道への覚悟であったということが、この歌へ残した茂吉の言葉から分かります。

 

【NO.9】

『 草づたふ 朝の蛍よ みじかかる われのいのちを 死なしむなゆめ 』

【意味】草を伝う朝の蛍よ、蛍と同じく短い私の命を死なせることのないように。

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蛍は、卵から成虫になるまでに一年を要しますが、羽化してからの寿命は12週間と言われています。自身と蛍の短命さをかけていますが、恐らく成虫になってからを指していると思われます。

 

【NO.10】

『 ふり灑(そそ)ぐ あまつひかりに 目の見えぬ 黒き蛼(いとど)を 追ひつめにけり 』

【意味】降り注ぐ空からの光が、目の見えない黒いカマドウマを追い詰めたことだ。

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(いとど)とは、カマドウマやコオロギの異称です。実際に目が見えない訳ではなく、空から差し込む光で目が眩んでいることを詠んでいると考えられます。斎藤茂吉に関する著書を残した歌人・佐藤佐太郎はこの歌を「サジズム的傾向の現れではないか」と解釈しています。

 

斎藤茂吉の有名短歌【11〜20首

 

【NO.11】

『 はるばると 薬をもちて 来しわれを 目守(まも)りたまへり われは子なれば 』

【意味】はるばると薬を持って来た私を見守ってくださる、私はあなたの子であるから。

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病に倒れた母のため、薬を持って駆け付けた茂吉と母とのやり取りを詠んだ一首です。向けられる眼差しには母から息子への愛が、見舞う姿勢と言葉遣いには息子から母への畏敬の念が感じられます。

 

【NO.12】

『 かがやける ひとすぢの道 遥けくて かうかうと風は 吹きゆきにけり 』

【意味】輝く一本の道は遥か遠く、こうこうと風が吹いていくものである。

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歌集「あらたま」の中の一首です。茂吉自身が解説をしている歌でもあり、「一筋の道を自らの生命そのものとした主観句」「自分の信念を詠んだものと思われたこともあるが、その意図は決してなかった」と語っています。

 

【NO.13】

『 電燈の 光とどかぬ 宵やみの ひくき空より 蛾はとびて来つ 』

【意味】電燈の光が届かない宵闇の低い空から蛾が飛んで来た。

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茂吉の著書「作家四十年」によると、部屋に座り、庭のある方向を眺めながら作った歌だそうで、自身でこの歌には新鮮な感覚があると言っています。日常にある些細を新たな視点から見せてくれる、力を感じる一首です。

 

【NO.14】

『 この夜は 鳥獣魚介も しづかなれ 未練もちてか 行きかく行くわれも 』

【意味】この夜は全ての生き物が静かで在れ、未練を抱き右往左往する私も。

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歌中「鳥獣魚介」とは鳥類・獣類・魚類・貝類を指し、つまりは万物の生き物のことを言います。それら生き物達に鎮まるよう望む背景には、彼ら以上に自らの心を落ち着けたい焦燥や混乱が感じられます。

 

【NO.15】

『 ゆふされば 大根の葉に ふる時雨 いたく寂しく 降りにけるかも 』

【意味】夕方になり、大根の葉に降る時雨はとても寂しく降ることである。

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山形県・茂吉記念館前駅前にあるみゆき公園には、この歌の歌碑があるそうです。淡々とした風景描写の中、時雨を「いたく寂しく」と表現することで、その降り様が目に浮かび情景の感情が伝わってくるようです。

 

【NO.16】

『 ひさかたの しぐれふりくる 空さびし 土に下りたちて 鴉は啼くも 』

【意味】時雨の降る空は寂しく、地に降り立った鴉も鳴くものである。

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NO.15】にもあったように、茂吉にとっての「時雨」とは寂しさを感じる対象であったようです。そして、その時雨降りしきる空を見つめながら鴉が一鳴きすることで、寂しさをより明確なものとしています。

 

【NO.17】

『 真夏日の ひかり澄み果てし 浅茅原に そよぎの音の きこえけるかも 』

【意味】真夏日の澄み切った光が浅茅原に差し込み、草のそよぐ音が聞こえることよ。

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真夏の強い光が差し込むのみで他に物音は無く、草のそよぐ音だけが聞こえてくる静かな情景が詠まれています。目で光を感じ、耳で音を聞き、そして体には優しい風が吹くような、五感で想像する爽やかな一首です。

 

【NO.18】

『 まかがよふ 昼のなぎさに 燃ゆる火の 澄み透るまの いろの寂しさ 』

【意味】輝く昼の波打ち際に燃える、その火の透き通る色の寂しいことよ。

短歌職人
海人や漁師らが、海岸で暖を取るために焚き火を囲む様を詠んだ一首です。昼の日光と燃え盛る焚き火の揺らめく色と、一般的にはどちらも照らす象徴として捉えられますが、昼であったからなのか、はたまた火という存在そのものにであったか、寂しさという新たな視点を茂吉はその炎に見出していたようです。

 

【NO.19】

『 ものの行き とどまらめやも 山峡(やまかい)の 杉のたいぼくの 寒さのひびき 』

【意味】この世のありとあらゆるものは変わりゆき、それを変えることは出来ない。山峡にある杉の大木の寒さの響きよ。

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「ものの行き」は万物流転を表す言葉で、ここでは亡くなった祖母の命を指しています。寒さの厳しい山峡で忍び佇む杉と人の死とを重ね合わせた一首です。

 

【NO.20】

『 あしびきの 山こがらしの 行く寒さ 鴉のこゑは いよよ遠し 』

【意味】山を木枯らしが過ぎるその寒さ、鴉の声は遠ざかって行くものだ。

短歌職人
寒中に見る鴉を「寒鴉」と言い、晩冬を表します。木枯らしに掻き消され遠ざかる鴉の声には、厳しい寒さと同時に胸をつつかれるようなどこか物悲しい印象を感じさせられます。

 

斎藤茂吉の有名短歌【21〜30首

 

【NO.21】

『 はざまなる 杉の大樹の 下闇に ゆふこがらしは 葉おとしやまず 』

【意味】山々の間にある杉の大樹下に広がる暗闇に、夕方に吹く木枯しは葉を落とすことを止めずに吹いている。

短歌職人
歌集「あらたま」に収められている一首です。厳しい寒さに加え、絶えず散る葉と吹き続ける風に、人の死の儚さや避けられない運命とが感じられます。

【NO.22】

『 街かげの 原にこぼれる 夜の雪 ふみゆく我の 咳ひびきけり 』

【意味】街の、影になった暗い原に積もった夜の雪を踏み歩く私の咳が響いているものだ。

短歌職人
「街かげ」「夜の雪」、そして自身の咳が響く様子からはその場の静けさが伝わってきます。日常の微細な一部が淡い表現で切り取られ、まるで映画のワンシーンのようです。

【NO.23】

『 小野の土に かぎろひ立てり 真日あかく 天づたふこそ 寂しかりけれ 』

【意味】野原の土に陽炎が立ち、太陽の光が空を伝うことの何と寂しいことか。

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歌中「あかく」と平仮名表記で詠まれている場合には、恐らく「赤く」「明く」どちらの意味も持ち合わせるものと思われます。揺らめく陽炎と、太陽の強い光が射し込むその情景はおぼろげで、日常的な描写の中にも異世界を感じます。

【NO.24】

『 山いづる 太陽光を 拝みたり をだまきの花 咲きつづきたり 』

【意味】山から昇る太陽を拝んでいた。オダマキの花が咲き続けている。

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太陽に向かい手を合わせる行動は、茂吉の母が毎朝行っていたものを真似て、あるいは病で出来ない母に代り拝んだものと言われています。塚本邦雄著の「茂吉秀歌」には、オダマキの花は連祷への供花として咲いたものだと書かれています。

【NO.25】

『 みちのくの 母のいのちを 一目見ん 一目見んとぞ ただにいそげる 』

【意味】陸奥に居る母の命を、その命のある内に一目見ようとただ急いでいる。

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茂吉が日々を東京で過ごす中、陸奥に住む産みの母の危篤が知らされます。その命がある内にと、急いで母の元へ向かう道中の心境を詠んだ歌です。先が長くないことを理解し、切迫する様子が窺い知れます。

【NO.26】

『 ここに来て こころいたいたし まなかひに 迫れる山に 雪つもる見ゆ 』

【意味】ここに来て心が痛々しく思える、目の前に迫ってくる山に雪が積もるのを見ると。

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この歌は、祖母の訃報に駆け付けた際の心境を詠んだものと言われています。ただでさえ心を痛めている状況に、家の前に見える雪の積もる山が追い討ちをかけてくると茂吉には感じられたようです。

 

【NO.27】

『 うつつなる ほろびの迅(はや)さ ひとたびは 目ざめし鶏も ねむりたるらむ 』

【意味】現世に生きその滅ぶことの早さよ、一度目覚めた鶏もまた眠ってしまったのであろう。

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朝早くに目覚めては一鳴きする鶏ですが、それも束の間であり、また直ぐに眠る時が来ては目覚めを繰り返す、その流れの速度と単調さ、そして無情さを歌っています。

【NO.28】

『 をさなごは 畳のうへに 立ちて居り このおさなごは 立ちそめにけり 』

【意味】幼い子供が畳の上に立って居り、この子供は初めて立った。

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自身の長男・茂太について詠まれた歌の内の一つです。「立ちて居り」とあることから、ふと見た時には既に立ち上がっていたことが推測されます。次男によると茂吉は大変な子煩悩だったそうで、この歌からも息子への成長を喜ぶ様が見て取れます。

【NO.29】

『 しづかなる 砂地あはれめり ひたぶるに 大き石むれて あらき川原に 』

【意味】静かに鎮まる砂地をひたすら大事に思い眺めている、大きな石が群れている荒い川原で。

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大きな石が多くどこか荒々しい川原で、ただ静かに沈み澄ます砂地を「あはれ」と歌っています。この歌は「箱根漫吟」57首の内の一つであり、名前の通り茂吉が箱根に滞在した際に詠まれた歌を集めています。

【NO.30】

『 朝あけて 船より鳴れる 太笛の こだまはながし 竝()みよろふ山 』

【意味】朝が明け、船から鳴る太い汽笛の音のこだまは長く、湾を囲むようにある山に響いている。

短歌職人
この歌について茂吉は、船の汽笛の太くて長い音が聞こえ、それでさえ珍しく興味深いものであるのに、その音が更に山々に反響していたことに感動したと語っています。その感動は衝撃が大きく、場を立ち去るまで、そして去って後にも忘れられない程に感動したとも言います。

 

以上、斎藤茂吉の有名短歌でした!

 

 

斎藤茂吉の作品は、時には冷酷なまでに写生を貫き、時には母や子への愛に溢れ、そして細微な情景を捉えています。

 

斎藤茂吉という男のこれまで見てきた世界が感じ取れるようです。

 

短歌職人
他愛の無い日常に見出す彼の詠嘆する力は、その巧みさにより五感という文字以上の感覚で私達読み手に情景を想像させ、同様の感動を体感させてくれることでしょう。