古典文学の時代から日本に伝わる詩のひとつに短歌があります。
五・七・五・七・七の三十一文字で自然の美しい情景を詠んだり、繊細な歌人の心の内をうたい上げます。
今回は、第一歌集『サラダ記念日』は発行部数280万部を記録するなどのベストセラーになり、口語短歌を世間に広げた歌人として注目され、口語短歌の中心的存在として活躍した俵万智の歌「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」をご紹介します。
愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
(サラダ日記・俵万智) pic.twitter.com/N3cKgybZ1Q— のぎざか (@nogizaka55) December 2, 2015
本記事では、「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」の詳細を解説!
愛人で いいのと歌う 歌手がいて 言ってくれるじゃ ないのと思う
(読み方:あいじんで いいのとうたう かしゅがいて いってくれるじゃ ないのとおもう)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
ライト・ヴァース(音韻、リズム、音の響きによって軽い口調だが、その背後に知性が感じられる歌)の堆積の代表として口語短歌を一気に広げた歌人です。
また、出典は『サラダ記念日』です。
サラダ記念日が昭和62年(1987)刊。俵万智の第一歌集で、多くの青年歌人に大きな影響を与えました。
この歌が作られた年はちょっと分かりませんでしたが、『サラダ記念日』の歌集に載せる歌集を作っている時期に『愛人』1985年に大ヒットした背景から、一句詠まれた歌です。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌をわかりやすく訳すと・・・
「愛人でいいの」と歌う歌手がいて、それを聞いた私は「カッコイイこと言うなあ」と思っています。
「愛人でいいの」と歌う歌手がいるけれども、今までそんな歌が聞いたことがない、言ってくれるねという意味です。
文法と語の解説
- 「愛人で
「愛人で」の「愛人」は「恋人」「愛する人」の他に「異性間における深い性愛関係」という意味があります。この句の「で」は、手段、理由などを表す格助詞です。
- 「いいのと歌う」
「いいの」は「良い」という意味。
「と」は助詞で、「歌う」に作用が続いています。
「歌う」は「歌うこと」を表す動詞です。
- 「歌手がいて」
「歌手」は歌い手を表す名詞です。
「が」は名詞に接続する助詞で、「いて」は「いる」の完了の助動詞の連用形です。
- 「言ってくれる」
「言ってくれる」は、私は頼んでいないのに相手がやってくれた時に使います。
「言って」は「言う」の動詞の連用形、「くれる」は動詞、
動詞の連用形に助詞「て」が付いた形になり、話し手または話題の人物のために何らかの動作をすることを表します。
- 「じゃないのと思う」
「じゃない」は終助動詞で「の」が付くことによって「確認」の意味になります。
上の「くれる」の動詞,イ形容詞の後ろには「の」がつきイントネーションが上がります⤴。
「と」は助詞で話し手の意見、考えを指します。
「思う」は、動詞で話し手の個人的な意見を言ったり(思ったり)、個人的な推量・判断を言ったり(思ったり)します。
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」の句切れと表現技法
句切れ
句切れとは、歌の中の大きな意味の切れ目のことです。
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」の句切れはありませんので、「句切れなし」となります。
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないの」で区切れそうですが、短歌の五七五七七で分けると「じゃないのと思う」は最後の七で終助詞を使っているので、最後の句で終わりになっています。
表現技法
この歌には表現技法として目立つような技法は使われていませんが、俵万智の短歌の多くに共通する点として「口語でつづられている」ことがあげられます。
難しい言葉を使わずに口語で表現することで、生の感情をのせやすく、軽やかさや躍動感が出ています。
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」が詠まれた背景
俵万智は、歌人・佐佐木信綱(のぶつな)の影響を受け、歌誌『心の花』に所属します。
神奈川県立橋本高等学校の国語教員としての職業の傍ら歌人としての創作もし、同年『野球ゲーム』で第31回角川短歌賞次席しています。
昭和61年(1986)には、『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。昭和62年(1987)には発行の第一歌集『サラダ記念日』は歌集としては異例の大ベストセラーとなって社会現象を引き起こしました。
音韻の良い軽い口語短歌は親しみのある歌として一気に門を広げた第一人者になりました。日常生活における何気ない事柄をユニークに明確に切り込んで詠まれた歌は、詠んでいて爽快な気分にさせられます。
のちに俵万智は、シングルマザーで男の子を産んでいます。40歳の時です。息子の父親について、公にはされていません。
この歌は、「愛人でいいの」言い切る立場の女性を受けて、俵万智は「感心した、よく言った」と言っています。将来、自分は結婚しないかもしれないという暗示があったようにもうかがえる歌です。
「愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う」の鑑賞文
歌『愛人』には、「愛人でいいの」「一緒に歩けなくても」「日陰の女で」「待つ身で」「見送る女で」‥と愛人ワードがたくさん出た後に、私の居場所は「あなたの胸」と続きます。これがキーワードです。
「あなたの愛」「あなたの胸」これさえあれば私は生きていける‥。
「世の中は愛だけでは生きて行くのは難しい。」だけどこの歌は「愛」と言い切っているので、これを聞いた(私)は「ほおー、なかなか思い切ったことを言ってくれるじゃないの!」「かっこいいねえ」と思ったのです。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
名前 俵 万智(たわら まち)
本名 同じ
出身 大阪府北河内郡門真町(現門真市)
生年月日 1962年12月31日
大学 早稲田大学第一文学部に入学、日本文学専修
結社 「心の花」所属
所属事務所 東京コンサーツ
1985年(昭和60年)に早稲田大学を卒業すると、神奈川県立橋本高等学校の国語教員として採用される
1987年 代表作 『サラダ記念日』(河出書房新社)を出版。歌集としては異例の大ベストセラーとなって社会現象を引き起こしました。
これには逸話があり、最初は『サラダ記念日』を角川書店から出版する話もあったそうです。もともと、俵万智さんは、角川短歌賞受賞者で月刊カドカワの企画で注目を浴びていたので、俵の初歌集ということで角川書店からの出版になるはずでした。
しかし、角川書店社長の角川春樹自身が俳人であり、歌集などの書籍は売れないものであると頭にあったため、出版には反対した話があります。
その後、河出書房新社から出版されたこの『サラダ記念日』はミリオンセラーとなり、社会現象を巻き起こしました。
後になって角川社長は後に「人生最大の失敗だった」と話していたといいます。当時、『サラダ記念日』は社会現象を巻き起こし、○○記念日というパロディもたくさん生まれました。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 来年の春まで咲くと言われれば恋の期限にするシクラメン
- 男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
- まっさきに気がついている君からの手紙いちばん最後にあける
- 生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり