【寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら】徹底解説!!意味や表現技法・句切れ・鑑賞文など

 

短歌は、日常の中で感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。

 

「みそひともじ」の中で心を表現するこの「短い詩」は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。

 

今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」をご紹介します。

 

 

本記事では、寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。

 

「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」の詳細を解説!

 

寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら

(読み方:よせかえす なみのしぐさの やさしさに いついわれても いいさようなら)

 

作者と出典

この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。

 

短歌界ではもちろん、短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言って過言ではないほど有名な歌人です。

日常の出来事を今風の分かりやすい言葉で表現した短歌は、誰にでも親しみやすく、それでいて切り口が斬新で、今も多くの人の心を掴んでいます。

 

また、出典は『サラダ記念日』です。

 

1987年(昭和62年)5月に出版された第1歌集で、表題にもなった歌「サラダ記念日」は俵万智の代名詞にもなっています。出版されるやいなや280万部のベストセラーとなり、短歌に馴染みがなかった人も含め多くの人が手に取りました。この歌集をもとにいくつもの翻案・パロディ作品が出たり、収められている短歌から合唱曲が作られたりするなど社会現象となりました。

 

現代語訳と意味 (解釈)

この歌は現代語で詠まれているため、読み手がそのまま意味を捉えられるものです。

 

あえて噛み砕いて書くと・・・

 

「寄せ返す波が優しい。(だから)いつ別れを告げられてもかまわない(という気持ちだ)」

 

という主人公の想いを詠んでいる歌です。

 

意味としては十分に理解できますが、使われている言葉やそれが選ばれた理由、そこに込められた気持ちに焦点を当てていくと、さらに深く歌の内容を読み取ることができます。

 

では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。

 

文法と語の解説

  • 「寄せ返す」

「寄せては返す」を短く表した言葉です。「寄せては返す」は波を形容する表現で、波が岸に打ち寄せ、その度に沖の方へ返る繰り返しの様子を言い表しています。

 

  • 「波のしぐさの優しさに」

「波」は水面の高低運動のことを言いますが、この歌では「寄せ返す」動きをしているので、海の波のことを言っているのでしょう。その「寄せ返す」動きを、波の「しぐさ」と表現しています。波は物体の動きですが、あえて「しぐさ」と言うことで、まるで波が意志をもって動いているかのように感じ取れます。後に続く「優しさ」も、ただの動きの優しさではなく波の感情によるものに思えます。接続の助詞「に」で、この後の句に続いています。

 

  • 「いつ言われてもいいさようなら」

「いつ」は、はっきりとは分からない時を言い表す語です。今すぐかもしれないし、何日も後かもしれない「その時」を指しています。「言われて」は「言う」の未然形に受け身の助動詞「れる」、さらに接続助詞「て」+係助詞「も」がついたものです。相手から「言われるかもしれないけれど」…という意味になります。その後の「いい」に繋がり、その「言われてもいい」言葉が最後の「さようなら」にあたります。

 

「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」の句切れと表現技法

句切れ

この歌は三句切れです。

 

初句から三句までで「寄せ返す波のようす」を描き、そこで視点が切り替わります。そして、四句と結句では主人公の気持ちを表しています。

 

俵万智の歌には句切れがないものも多いですが、この歌は「情景を描く」「気持ちを表す」というように構成がはっきりと分かれています。

 

擬人法

「波」の寄せ返す動きを「しぐさ」と言い表すことで、波を擬人化していると見ることができます。

 

波がただ物体の運動として動いているのではなく、まるで意志をもってそうしているかのような表現になっています。

 

この効果で、その後の「優しさ」がなんともあたたかなものに感じられます。

 

「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」が詠まれた背景

 

この歌が最初に収録されたのは第1歌集の『サラダ記念日』です。作者は当時24歳でした。この歌が実体験なのか、完全なるノンフィクションなのかは議論が分かれるところです。

 

しかし『サラダ記念日』のあとがきで、作者は次のように語っています。

 

原作・脚色・主演=俵万智、の一人芝居――それがこの歌集かと思う。(中略)

なんてことない二十四歳。なんてことない俵万智。なんてことない毎日のなかから、一首でもいい歌を作っていきたい。それはすなわち、一所懸命生きていきたいということだ。生きることがうたうことだから。うたうことが生きることだから。

(『サラダ記念日』186~190頁より)

 

「寄せ返す・・・」の歌が実体験なのかはわかりませんが、少なくともその思いに近い体験を作者がしたか、身近にそんな心境の人物がいたのではないでしょうか。

 

もしくは実体験ではないけれど、海を眺めてふと思いついた歌なのかもしれません。

 

「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」の鑑賞

 

【寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら】は、優しく寄せ返す波を見ていたら、「いつ別れを告げられてもいい」と思った…という主人公の気持ちを詠んだ歌です。

 

この「さようなら」を告げる人物は誰なのでしょう。俵万智の歌を知る多くの人は、恋人や夫・妻といった「恋愛の相手」だと考えるのではないでしょうか。読み取り方によっては、家族や友人などもあてはまるかもしれませんね。今回は恋の相手ということにします。

 

「寄せ返す波のしぐさの優しさに」という上の句はとてもロマンチック。一緒に波を見ているのでしょうか。なんだか幸せな情景が続きそうな雰囲気です。

 

しかし、下の句には「いつ言われてもいいさようなら」という言葉が続きます。上の句のロマンチックな雰囲気がガラッと変わり、「別れ」を意識している歌になるのです。主人公は、別れの予感を感じているのでしょうか。その「別れ」は、今この波を見ながら告げられるのか、何日も何年も後に告げられるものなのかは分かりません。けれども主人公は、その別れを「いついわれてもいい」と思えてしまっている…どこか穏やかな気持ちで「別れ」を静かに見つめているのです。

 

寄せ返す波と二人の関係の流動性がリンクするような、優しくも切ない歌です。

 

作者「俵万智」を簡単にご紹介!

 

俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。会話を活かした口語定型の分かりやすい歌が特徴で、一般読者の共感を広く呼んでいます。

 

1962年に大阪府門真市で生まれ、13歳で福井に移住。その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。

 

1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集は260万部を超えるベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。

 

高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。

 

その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。また19966月から毎週日曜日読売新聞の『読売歌壇』の選と評を務めています。20196月からは西日本新聞にて、「俵万智の一首一会」を隔月で連載しています。

 

プライベートでは200311月に男児を出産。一児の母でもあります。

 

俵万智のその他の作品