今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として活躍する俵万智の歌「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」をご紹介します。
悲しみがいつも私をつよくする
今朝の心のペンキぬりたて#俵万智 pic.twitter.com/Tg9KjjnAmr
— すてきなことば (@_cotobawo_) June 8, 2014
本記事では、「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」の詳細を解説!
悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて
(読み方:かなしみが いつもわたしを つよくする けさのこころの ぺんきぬりたて)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
親しみやすい言葉選びで日常を表現した短歌に定評があり、読者が共感できる内容でありながらも切り口が斬新な作品は、多くの人に愛されています。
また、出典は『かぜのてのひら』です。
かぜのてのひらは、1991年に河出書房新社から発行された「作者の第2歌集」です。第1歌集『サラダ記念日』の刊行からの4年間、激動だった24歳から28歳までに詠んだ歌を収録しています。タイトルの「かぜのてのひら」は、収録されている一首「四万十に光の粒をまきながら川面なでる風の手のひら」からとったものだそうです。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。
いまいち内容が分かりにくいという方は、初句から3句までの「悲しみがいつも私を強くする」と、4句・結句の「今朝の心のペンキぬりたて」を、分けて考えると分かりやすいのではないでしょうか。
前半は「悲しいと思った経験がいつも自分自身を強くする」ということを述べています。それに対し後半は、「今朝の心」の話をしており、その心の状態が「ペンキぬりたて」だと語っています。
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「悲しみがいつも私を強くする」
「悲しみ」は脱力感、失望感や挫折感などの負の感情。悲しみが「私」を強くすると語る中に「いつも」という言葉があるので、主人公にはこれまでにも「悲しみが自分自身を強くした」という経験が何度もあったということが分かります。
- 「今朝の」
「今朝」は主人公にとっての「今日の朝」です。
- 「心のペンキぬりたて」
「心」は多様な意味をもつ言葉ですが、文脈から歌の主人公の精神的な部分を指しているのだと考えられます。続く「ペンキぬりたて」は、公園の遊具やベンチなどのペンキを塗り替えたときに貼られる、よくある注意書きの文句です。ぬりたての「たて」は、その動作が終わったばかりであることを表す接尾語なので、ペンキは塗ったばかりということになります。心に「ペンキ」は実際には塗りませんので、これらは「例えるなら心にペンキを塗ったような」という意味の比喩表現です。
「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」の句切れと表現技法
句切れ
この歌は三句切れです。
前半の三句までで「悲しいと思った経験が私を強くする」ということを述べています。後半は、「今朝の心」の状態が「ペンキぬりたて」だということを語っています。
比喩
比喩とは、物事の説明や描写に、ある共通点に着目した他の物事を借りて表現することです。
歌の中に「心のペンキ」とありますが、実際に心にペンキを塗るわけではありません。例えるなら、心のペンキ(を塗るようなという例えなのです。
「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」が詠まれた背景
この歌が詠まれた背景について、作者の俵万智さんが取り立てて語ったことはありません。
実体験なのかどうかは定かではありませんが、収録されている歌集『かぜのてのひら』のあとがきには次のように書かれています。
たとえば、心が鳴る、と感じることがあります。哀しい風、幸せの風、日常ふと通り過ぎる風。それらが心のどこかを鳴らしては遠ざかっていきます。一瞬だけれど、私の中に確かに聴こえた音楽。それを言葉という音符で書きとめることが、歌を詠むことなのではないか、と思います。
(出典:『かぜのてのひら』あとがきより)
「悲しみが…」が詠まれたのは作者24歳から28歳までの4年間。この間に俵万智さんは教師を辞めて、歌の道に進むことを選んでいます。
職とともに人間関係が大きく変わり、心が鳴るような様々な出来事があったのかもしれません。
「悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて」の鑑賞
【悲しみがいつも私を強くする今朝の心のペンキぬりたて】は、悲しい経験が自分を強くするということを前向きに歌った歌です。
ペンキは塗り重ねるほど強度が増します。「悲しみ」というペンキを塗り重ねることで、心は次第に強くなっていくと、この歌の主人公は感じているようです。
しかし、主人公の今朝の心の状態は「ペンキぬりたて」。塗りたてのペンキは、乾くまで触れてはいけないものです。
触れると手についてしまったり、塗ったペンキが剥げてしまったりします。今は触れないで、そっとしておいてほしい…そんな微妙な感情が「ペンキぬりたて」という言葉に込められているのでしょう。
前向きでありながら、まだ今は繊細で傷つきやすい。そんな気持ちを見事に詠んだ一首です。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。
1962年大阪府門真市生まれ。13歳で福井に移住、その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を1989年まで務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版。瞬く間に話題を呼び、ベストセラーになりました。『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2022年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
「俵万智」のそのほかの作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら