短歌は、日常の中で感じたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。
短い文字数の中で心を表現するこの「短い詩」は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」をご紹介します。
「また電話しろよ」「待ってろ」
いつもいつも命令形で愛を言う君ってゆー詩が現代文の教科書に書いてあって驚いた。文部科学省もなかなか乙女なんだね。
— ちょん (@tonton_pipipi) August 27, 2013
本記事では、「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」の詳細を解説!
「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君
(読み方:またでんわ しろよまってろ いつもいつも めいれいけいで あいをいうきみ)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
俵万智は短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言って過言ではないくらい有名な歌人です。誰にでも親しみやすく、それでいて切り口が斬新な作品は、世代を問わず多くの人の心を掴んでいます。
また、この歌の出典は『サラダ記念日』です。
1987年(昭和62年)5月に出版された、作者の第1歌集です。表題にもなった歌「サラダ記念日」は俵万智の代名詞にもなっています。出版されるやいなやベストセラーとなり、短歌に馴染みがなかった人も含め多くの人が手に取りました。この歌集をもとにいくつもの翻案・パロディ作品が出たり、収められている短歌から合唱曲が作られたりするなど社会現象となりました。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「「また電話しろよ」とか、「待ってろ」とか、君はいつもいつも命令形で言ってくる。(その命令形の言葉に愛が込められている)。」
受け手側から見た、恋人の愛情表現を詠んだ歌です。
文法と語の解説
- 「また電話しろよ」「待ってろ」…
2つのセリフがありますが、どちらも一人の人物から発せられたものです。
内容からすると、歌に出てくる「君」から主人公(詠み手)に向けての言葉なのでしょう。
- いつもいつも命令形で
「いつもいつも」…「いつも」は、日常的に繰り返されている様子。2度繰り返すことで、繰り返されている感じをさらに強調しています。
「命令形で」…命令形は、日本語文法での活用形の一つ。命令の意を表して言い切る形です。
- 愛を言う君
「愛」…かわいがる、いとしく思う心。大事なものとして慕う心のこと。
「言う」…口に出して言うこと。この歌では、「愛を言う」という表現に「愛情を表現する」という意味が込められています。
「君」…この歌では、主人公(詠み手)の恋愛の相手のこと。
「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」の句切れと表現技法
句切れ
この歌に句切れはありません。
字余り
3句目が「5音」となるところを、「6音」にしています。何かしらの効果を狙ったわけではなく、「いつもいつも」という表現を用いたため自然に字余りになったと考えられます。
反復法
同じ言葉や、同じ句を何度も繰り返すことを反復法と言います。
この歌では、「いつもいつも」という部分です。2度繰り返すことで、「いつも繰り返されている」という感じを強調しています。
体言止め
歌の最後が「君」という名詞で終わっています。
「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは第1歌集の『サラダ記念日』です。作者は当時24歳でした。
実体験から詠まれた歌かというと、作者はそこに言及はしていません。しかし、後に出た第2歌集『チョコレート革命』では、次のように語っています。
恋の歌については、「ほんとうにあったことなんですか?」ということを、しばしば聞かれる。(中略)確かに「ほんとう」と言えるのは、私の心が感じたという部分に限られる。その「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく。短歌は、事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい。
(出典:『チョコレート革命』164~165頁より)
「『また電話しろよ』・・・」の歌が実体験なのかはわかりませんが、それに近い体験を作者がしたか、友人など身近な人の経験から生まれた歌なのではないかと考えられます。
「「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君」の鑑賞
【「また電話しろよ」「待ってろ」いつもいつも命令形で愛を言う君】は、恋人からの愛情表現について受け手側から詠んだ歌です。
口調から想像すると、「君」は男性でしょうか。恋人に対していつも命令口調な彼。そんな彼を、女性側は優しく、たしなめるような気持で受け止めているように思います。
命令形を使う彼には、きっと「自分が優位に立ちたい」「男らしくリードしたい」という気持ちがあるのではないでしょうか。しかし女性側は、そんなことはお見通しのようです。彼の命令口調を「偉そうだ!」と怒ることはなく、それがあなたの愛情表現なのよね、と受け止めています。可愛いとすら思っているのかもしれません。
性急な男性の見栄と、それを分かりつつも男性を立てて受け流す女性の大人な部分を詠んだ一首です。
ちなみに、歌集ではこの歌の12首前に「また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話をしたい」という歌があります。この歌が男女どちらの視点で詠まれたのか、そこから見える二人の関係性なども、想像してみると面白いですね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智(たわら まち)は、1962年(昭和37年)大阪府門真市出身の歌人です。
13歳で福井に移住、その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集はベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選びました。
その後も出版する歌集は度々話題となり、現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
「俵万智」のそのほかの作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら