短歌は、作者が思ったことや感じたことを5・7・5・7・7のリズムに乗せ、31音で表現する定型詩です。
「みそひともじ」と呼ばれる短い文字数の中で表現する歌は、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として活躍する俵万智の歌「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」を紹介します。
"migliaia di foglie di parole" 四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら Shizan Sō, Japanese https://t.co/a7NVw50Zxq https://t.co/XBGXnQHm6m via @TheJazzSoul #Jazzpassion pic.twitter.com/Pp2q7BTdXq
— universijazz (@Universijazz) December 8, 2017
本記事では、「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」の詳細を解説!
四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら
(読み方:しまんとに ひかりのつぶを まきながら かわもをなでる かぜのてのひら)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
文学にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言っても過言ではないくらい有名な歌人です。親しみやすい言葉選びで日常を表現した短歌が特徴で、読者が共感できる内容でありながらも切り口が斬新な作品は、多くの人に愛されています。
また、この歌の出典は『かぜのてのひら』です。
1991年に河出書房新社から発行された、作者の第2歌集です。大ヒットとなった第1歌集『サラダ記念日』の刊行から4年間、激動だった24歳から28歳までに詠んだ歌を収録しています。タイトルの「かぜのてのひら」は、今回紹介する「四万十に光の粒をまきながら川面なでる風の手のひら」という歌からとったものだそうです。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「四万十川の水面で光の粒がキラキラしている。その光の粒を撒きながら、川の水面を撫でているのは、風の手のひらだ。」
実際に風に手のひらはありませんが、まるで手があって優しく川を撫でているようだと作者は感じたのです。
文法と語の解説
- 「四万十に」
「四万十」…四万十川のこと。高知県の西部を流れる一級河川で、四国では最長の河川です。
本流に大規模なダムがなく、日本最後の清流と呼ばれています。
- 「光の粒をまきながら」
「光の粒」…水面のキラキラした光の反射を粒と表現しています。
「まきながら」…動詞「撒く」+接続助詞「ながら」
- 「川面をなでる」
「川面」…かわも。川の水の水面のこと。
「なでる」…動詞「撫でる」
- 「風の手のひら」
実際には風に手のひらはありませんが、擬人化してこのように表現しています。
「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」の句切れと表現技法
句切れ
句切れなし。歌全体が一つの文であり、読み手は流れるような印象を受けます。
擬人化
「風が手のひらで川面を撫でる」という表現は、擬人化によるものです。
実際には風に手はありませんが、擬人化したことによって、風がまるで生きていて、自分の意志で川を撫でているかのような印象を持たせています。
体言止め
結句が「手のひら」という名詞で終わっています。結句での体言止めは、読者にその後のイメージを広げさせる「余韻・余情を生じさせる効果」があります。
「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」が詠まれた背景
この歌が詠まれた背景について、作者の俵万智さんが取り立てて語ったことはありませんが、実際に四万十川を訪れたときに詠んだことは間違いないようです。
収録されている歌集『かぜのてのひら』には、次のように書かれています。
たとえば、心が鳴る、と感じることがあります。哀しい風、幸せの風、日常ふと通り過ぎる風。それらが心のどこかを鳴らしては遠ざかっていきます。一瞬だけれど、私の中に確かに聴こえた音楽。それを言葉という音符で書きとめることが、歌を詠むことなのではないか、と思います。
(出典:『かぜのてのひら』あとがきより)
高知県を訪れ四万十川の美しい風景を見たとき、川面に優しい風が吹くと同時に、作者の心にもさわやかな風が吹いたのかもしれませんね。
この歌がきっかけで、俵さんは歌を詠んだ7,8年後に四万十大使に任命されました。その後もTwitterで四万十川のアユについてつぶやくなどされており、四万十川に思い入れがあることがうかがえます。
「四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら」の鑑賞
【四万十に光の粒をまきながら川面をなでる風の手のひら】は、優しいそよ風を受けてきらきらと光る川の美しい風景を詠んだ歌です。
四万十川のゆったりとした流れに、やわらかい日差しが降り注ぎます。その光を反射させて、川がきらきらと輝いています。そこにおだやかな風が優しく吹くと、まるで風が川を撫でているかのようです。
川面では、優しい風のてのひらに撫でられた光の粒が、より一層生き生きと煌めいています。こんな美しい風景が、たった31文字の歌から想起されます。
風の手のひらは目には見えませんが、心には見えるのでしょう。この歌のように、「心で見る」ことを大切に生きていきたいものですね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智(たわら まち)は、1962年(昭和37年)大阪府門真市出身の歌人です。
13歳で福井に移住、その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集はベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選びました。
その後も出版する歌集は度々話題となり、現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
「俵万智」のそのほかの作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら