今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として活躍する俵万智の歌「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」をご紹介します。
今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど/俵万智「かぜのてのひら」 pic.twitter.com/WOsVp85kJe
— kdwk (@508atsu) February 11, 2015
本記事では、「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」の詳細を解説!
今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど
(読み方:いまなにを かんがえている なのはなの からしあえにも きづかないほど)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言っても過言ではないくらい有名な歌人です。日常を親しみやすい言葉選びで表現した短歌に定評があります。読者が共感できる内容でありながらも切り口が斬新な作品は、多くの人に愛されています。
また、出典は『かぜのてのひら』です。
1991年に河出書房新社から発行された、作者の第2歌集です。第1歌集『サラダ記念日』の刊行からの4年間、作者が24歳から28歳までに詠んだ歌を収録しています。タイトルの「かぜのてのひら」は、収録されている一首「四万十に光の粒をまきながら川面なでる風の手のひら」からとったものだそうです。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。
初句と2句は「今何を考えているの?」という主人公の疑問です。目の前にいる相手に向けられたものでしょう。そして、主人公がそう思った理由が3句目以降に詠まれます。
それは目の前の人物が「菜の花のからし和え」に気がつかないから。そんな相手の様子を見て、何を考えているのかしら…と疑問に思っているという歌です。
文法と語の解説
- 「今何を考えている」
これは歌の主人公が、目の前にいる人物に対して抱いている疑問です。「考えているの」といった疑問の形にはなっていません。これは、相手に向けて問い掛けたわけではなく、主人公が心の中で「何を考えているのだろう・・・」と思っていることを表しているのでしょう。
- 「菜の花のからし和えにも」
「菜の花のからし和え」は料理名ですが、この歌では鍵となるアイテムです。「にも」は格助詞「に」+係助詞「も」で、格助詞「に」に強調の意味を加えています。
- 「気づかないほど」
「気づかない」は「気がつかない」と意味は同じですが、細かな品詞分解をすると、動詞「気付く」の未然形+打消の助動詞「ない」となります。「ほど」は副助詞で、動作や状態の程度を表します。この歌では、極端な程度を比喩的に表すために用いられています。(例:死ぬほど)
「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」の句切れと表現技法
句切れ
句切れとは、一首の中での大きな意味上の切れ目のことで、読むときもここで間をとると良いとされています。
この歌は二句切れです。初句と2句で「今何を考えているの」と、主人公が目の前にいる人物に疑問を投げかけています。残りの句で「菜の花のからし和えに気付かない」という、見たままの相手の様子を歌っています。
固有名詞の使用
人名や商品名ほどしっかりとした固有名詞ではありませんが、「菜の花のからし和え」というイメージの限られた名詞を使うことにより、読み手が内容をより鮮明に想像する効果が生まれています。
「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」が詠まれた背景
この歌が詠まれた背景について、作者の俵万智さんが取り立てて語ったことはありません。
実体験なのかどうかは定かではありませんが、収録されている歌集『かぜのてのひら』のあとがきには次のように書かれています。
たとえば、心が鳴る、と感じることがあります。哀しい風、幸せの風、日常ふと通り過ぎる風。それらが心のどこかを鳴らしては遠ざかっていきます。一瞬だけれど、私の中に確かに聴こえた音楽。それを言葉という音符で書きとめることが、歌を詠むことなのではないか、と思います。
(『かぜのてのひら』あとがきより)
もしかすると作者の日常の中で、相手に対して「いったい何を考えているの…」と、不安になる出来事があったのかもしれませんね。
「今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど」の鑑賞文
【今何を考えている菜の花のからし和えにも気づかないほど】は、目の前の相手に対して抱いた疑問を詠んだ歌です。
菜の花のからし和えは、「からし」がピリッとアクセントになります。きっと目の前にいる人物は、普段通りなら「おっ、からしだ」とその味に気付くような人なのでしょう。
しかし、今はそれに気付かず食べている…。何か考え事をしているのだろうか。だとしたらいったい何を?私の知らないこと?・・・主人公は、相手の様子に不安を抱いているようです。
一般的には、この相手を恋人や夫だと想像する方が多いです。実際には、歌集の中でこの歌の前後には別の歌があり、相手の姿はなんとなく想像ができるようです。しかし、この歌だけを見ると違った解釈もできます。例えば母親、自分の子どもなど。どんな人物を当てはめても成り立つ歌です。
誰を相手とするかによって、歌の舞台や主人公の気持ちにも違いが生まれます。これが短歌の面白さでもありますね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智(たわら まち)は、1962年(昭和37年)大阪府門真市出身の歌人です。
13歳で福井に移住し、その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年に、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌年の1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2022年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
「俵万智」のそのほかの作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら