短歌は、日常の中の出来事を通して感じたことや考えたことを5・7・5・7・7の31音で表現する定型詩です。短い文字数の中で心を表現するこの「短い詩」は、あの『百人一首』が作られた平安時代に栄えていたことはもちろん、古代から1300年を経た現代でも多くの人々に親しまれています。
今回は、第1歌集『サラダ記念日』が社会現象を起こすまでの大ヒットとなり、現代短歌の第一人者として今なお活躍する俵万智の歌「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」をご紹介します。
男ではなくて
大人の返事する君に
チョコレート革命起こす 俵万智 pic.twitter.com/VsfymEGe4s— Ruka (@Ruka_handclaft7) February 13, 2016
本記事では、「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」の意味や表現技法・句切れ・作者について徹底解説し、鑑賞していきます。
目次
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」の詳細を解説!
男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす
(読み方:おとこでは なくておとなの へんじする きみにちょこれーと かくめいおこす)
作者と出典
この歌の作者は「俵万智(たわら まち)」です。
短歌界ではもちろん、短歌にあまり詳しくない人でも、日本ではほとんどの人が名前を知っていると言って過言ではないくらい有名な歌人です。日常の出来事を分かりやすい言葉選びで表現した短歌は、誰にでも親しみやすく、それでいて切り口が斬新で、今も多くの人の心を掴んでいます。
また、出典は『チョコレート革命』です。
『サラダ記念日』(1987年)、『かぜのてのひら』(1991年)に続き、1997年5月に出版された俵万智の第3歌集です。不倫を思わせる「許されない恋の歌」が多数収められていることが話題となり、36万部を売り上げました。1998年6月にはNHK BS2でドラマ化されるなど、歌集にとどまらず俵万智の名をさらに世の中に示す1冊となりました。
現代語訳と意味 (解釈)
この歌は現代語で詠まれた歌なので、意味はそのまま受け取ることができます。あえて噛み砕いて書き直すとすると、次のような内容になります。
「男としてではなくて、大人としての返事をする君に、私がチョコレート革命を起こしてやる」
この歌だけでもなんとなくの想像はできますが、収められている歌集『チョコレート革命』の中で見ると、許されない恋(不倫)をしている中での一首なのだとわかります。
では、語の意味や文法を確かめながら、この歌の真意を読み取っていきましょう。
文法と語の解説
- 「男ではなくて」
「男」は性別を示す言葉ですが、恋を歌うこの歌の中では特に「生物としての雄」の意味を込めていると考えられます。断定の助動詞の連用形「で」に、係助詞「は」+打消しの「なく」が続いており、「(生物としての)男ではない」と否定していることが分かります。接続助詞「て」で次に続きます。
- 「大人の返事する」
ここでの「大人」は、ただ成人を指しているというよりは「子どもと違って思慮分別がある」という意味を込めていると考えられます。「返事」は呼びかけに対して応える言葉のことなので、主人公から何かしらの呼びかけがあって相手が返答している状況だということが分かります。その返事の内容が「男ではなくて大人」の答えなのですね。
- 「君にチョコレート革命起こす」
「君」は相手を指します。この歌では恋の相手(男性)のことですね。「大人の返事」をした人物です。ここで出てくる「チョコレート革命」は、作者の造語です。チョコレートを渡すことなのか、チョコレートに例えた行動なのか…どうであれ、続く言葉は「革命」。権力体制や組織構造の抜本的な変革・革新が短い時間のうちに起こるという意味です。主人公は「革命」を「起こす」と終止形で言い切っています。語気の強さが意志の強さを表現しています。
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」の句切れと表現技法
句切れ
この歌に句切れはないと考えられますが、弱い区切りで考えると3句切れの歌とも言えます。
まず初句から2句にかけて「男ではなくて」という言葉がまたがっています。2句から3句にかけては「大人の返事」という言葉がまたがり、「する」で一度軽い区切りができます。強いて言うならここが句切れですが、3句から4句へも「返事する君」と意味はつながっていますので、明確な句切れとは言えません。
4句から結句へは「チョコレート革命」という言葉がしっかりまたがっています。はっきりとした句切れがない分、全体の流れるような印象を読み手に感じさせています。
固有名詞の使用
特定された商品名ではありませんが、「チョコレート」というイメージの限られた名詞を使うことにより、読み手が具体的に内容を想像しやすくなっています。
字余り
4句目が7音となるところを「8音」にしています。
しかしこれは表現的な効果を狙ったわけではなく、「チョコレート革命」という言葉を使用したいためと思われます。
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」が詠まれた背景
この歌が最初に収録されたのは第3歌集の『チョコレート革命』です。この歌集の表題は、この男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」の歌からつきました。作者が28歳~34歳の間に詠んだものです。
この歌が実体験なのか、完全なるノンフィクションなのかは議論が分かれるところですが、作者は歌集『チョコレート革命』のあとがきで次のように説明しています。
恋の歌については、「ほんとうにあったことなんですか?」ということを、しばしば聞かれる。(中略)確かに「ほんとう」と言えるのは、私の心が感じたという部分に限られる。その「ほんとう」を伝えるための「うそ」は、とことんつく。短歌は、事実(できごと)を記す日記ではなく、真実(こころ)を届ける手紙で、ありたい。
(『チョコレート革命』164~165頁より)
また、「チョコレート革命」という言葉については、次のように語っています。
恋には、大人の返事など、いらない。君に向かってひるがえした、甘く苦い反旗。チョコレート革命とは、そんな気分をとらえた言葉だった。大人の言葉には、摩擦をさけるための知恵や、自分を守るための方便や、相手を傷つけないためのあいまいさが、たっぷり含まれている。そういった言葉は、生きてゆくために必要なこともあるけれど、恋愛のなかでは、使いたくない種類のものだ。
(『チョコレート革命』165~166頁より)
「男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす」の鑑賞
【男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす】は、恋の相手の大人な対応に対して宣戦布告するような気持ちを歌った歌です。
この歌が収録されている『チョコレート革命』には不倫をテーマにした歌の連なりがあり、「男では…」の歌もその一つです。他の歌から不倫相手の男性が娘をもつ父親であることがわかっています。
主人公の女性が問いかけたことに対して、相手は体裁を大切にした立場から「大人の返事」をするのでしょう。
それがもどかしく、恨めしい。恋に大人の返事なんていらない。私が聞きたいのは、あなたの男としての本心なの!…そんな気持ちを込めて、主人公の女性は行動を起こそうとしています。名付けて「チョコレート革命」。彼女なりの宣戦布告なのでしょう。
どういったことをするのか、この先の2人はどうなっていくのか…読者が想像をめぐらせて、自分なりの「恋愛ドラマ」に仕立ててみるのも面白いですね。
作者「俵万智」を簡単にご紹介!
俵万智は、現在も短歌界の第一人者として活躍する歌人です。会話を活かした口語定型の分かりやすい歌が特徴で、一般読者の共感を広く呼んでいます。
1962年に大阪府門真市で生まれ、13歳で福井に移住。その後上京し早稲田大学第一文学部日本文学科に入学しました。歌人の佐佐木幸綱氏の影響を受けて短歌づくりを始め、1983年には、佐佐木氏編集の歌誌『心の花』に入会。大学卒業後は、神奈川県立橋本高校で国語教諭を4年間務めました。
1986年に作品『八月の朝』で第32回角川短歌賞を受賞。翌1987年、後に彼女の代名詞にもなる、第1歌集『サラダ記念日』を出版します。現代人の感情を優しくさわやかに詠んだ歌は瞬く間に話題を呼び、この歌集は260万部を超えるベストセラーになりました。同年「日本新語・流行語大賞」を相次ぎ受賞し、『サラダ記念日』は第32回現代歌人協会賞を受賞しています。
高校教師として働きながらの活動でしたが、1989年に橋本高校を退職。本人曰く、「ささやかながら与えられた『書く』という畑。それを耕してみたかった。」とのことで、短歌をはじめとする文学界で生きていくことを選んだそうです。
その後も第2歌集『かぜのてのひら』、第3歌集『チョコレート革命』と、出版する歌集は度々話題となりました。現在(2021年)は第6歌集まで出版されています。短歌だけでなくエッセイ、小説など活躍の幅を広げています。現在も季刊誌『考える人』(新潮社)で「考える短歌」を連載中。また1996年6月から毎週日曜日読売新聞の『読売歌壇』の選と評を務めています。2019年6月からは西日本新聞にて、「俵万智の一首一会」を隔月で連載しています。
プライベートでは2003年11月に男児を出産。一児の母でもあります。
俵万智のその他の作品
- 思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ
- 「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
- この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- 水蜜桃の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う
- 君のため空白なりし手帳にも予定を入れぬ鉛筆書きで
- 親は子を育ててきたと言うけれど勝手に赤い畑のトマト
- 愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
- 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
- ハンバーガーショップの席を立ち上がるように男を捨ててしまおう
- いつもより一分早く駅に着く一分君のこと考える
- なんでもない会話なんでもない笑顔なんでもないからふるさとが好き
- 「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
- 寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら